グランジくずれのフォルスタッフ~ブラックフライアーズ劇場『ヘンリー四世第一部』&『ヘンリー四世第一部』(配信)

 アメリカン・シェイクスピア・センターの期間限定有料配信で、ブラックフライアーズ劇場で上演された『ヘンリー四世第一部』と『ヘンリー四世第二部』を見た。これは購入しないとリンクをもらえないタイプなので、配信への直接リンクは張らない。このプロダクションはアクターズ・ルネサンス・シーズンと言われている、演出家なしで役者たちが近世ロンドンの上演を考えながら役を探求するというプロジェクトに基づくものだ。

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 演出家なしというだけあり、ほとんど何もない舞台に現代の衣装を使った大変シンプルなプロダクションである。ものすごくミニマリズム的だが、居酒屋ボアズ・ヘッドの場面では一応テーブルなどが出てきていて、それだけですごく華やかというか賑わっているように見える。ボアズ・ヘッドは完全に現代のバーみたいに見える。

 とくに面白い衣装の工夫として、フォルスタッフ(ジョン・ハレル)がニルヴァーナのTシャツを着たおっちゃんだということがある。このフォルスタッフは完全にグランジくずれの少々シニカルな男で、たぶん元はバンドか何かやってて芽が出ないまま暮らしているんじゃないかという雰囲気だ(プロローグのところでもギターを弾いている)。一方でハル(ブランドン・カーター)はヒップホップとか聞きそうな世代なので、このへんの対比がなかなか面白い。ただ、第一部ではグランジくずれにしてはフォルスタッフがシニカルとはいえずいぶんと陽気だったのが、第二部ではもうちょっと疲れ気味でさらにグランジっぽいかもしれない。

 また、第一部ではハル王子とホットスパー(KP・パウエル)が両方とも非常に颯爽としたアフリカ系アメリカ人の若者で、ヘアスタイルなどがわざと似たような感じで作ってある。完全に同じ世代で同じトレンドの中で生きている者同士だということが強調されており、そういう似たもの同士が戦うところに政治の厳しさとでもいうようなものが感じられる。最後のこの2人の死闘はけっこう激しいもので、最終的にはハルがホットスパーを打ち負かすのだが、けっこう途中でハルが危ない目にあい、互角でなんとかハルが勝つというように演出されている。第二部のハルは顔に生々しい傷が残った状態で、さらに父王の冠をかぶったところブカブカで顔の下のほうまで落ちてきてしまうとかいう描写があり、王としての責任を引き継ぐにあたりわりと不安に感じているように見える。

 プロダクションじたいは面白いのだが、けっこう撮り方にはつらいところがあった。まず、お客さんはたぶん入れていなくて劇場関係者だけ入れて撮っていると思われ(2020年のシーズンということでしょうがないところはあるのだが)、ほぼ観客が映らないので劇場の賑わいの雰囲気が全く無い。さらに始まる前の音楽演奏(これはブラックフライアーズ劇場ではいつもやっている)がかなり長く入っているのだが、正直、配信ではこれはかなり短くするべきなのでは…と思う。こういう演奏は早く来てしまったお客さんが開演を待つまでに心を整えるものなので、配信みたいにさあこれから見るぞという時に何曲も演奏があるとちょっと始まる前から疲れる。また、カメラがけっこう揺れたりするのも問題で、撮り方はもっと工夫できると思う。