『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』を見てきた。アグニェシュカ・ホランド監督の新作である。
主人公はウェールズ人のジャーナリストでロイド・ジョージの顧問だったガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)である。ガレスはスターリンの資金源を調べるためソ連にわたり、ウクライナで飢饉が発生していることを突き止める。ところが、スターリンの後ろ暗いところを突くこの情報は握りつぶされそうになり…というお話で、一種のジャーナリズムサスペンスである。
たぶん日本語タイトルは悪いのだと思うのだが、このタイトルから想像するよりもだいぶ潜入スリラーみたいな話である。序盤はけっこうたるいのだが、中盤からホランド監督らしく、せっぱつまった人たちの心境や行動をわりとグロテスクに描写するところが増え、かなりスリリングになる。終盤は正しい報道の重要さをあまり説教臭くならずに強調する展開だ。
ガレスはだいぶ脚色があるらしいが、実在の人物である。ガレスとジョージ・オーウェルが会っていたというのは事実ではなく、オーウェルが『動物農場』を書くにあたって直接ガレスに触発されたというような描写も脚色らしい。オーウェルとガレスのつながりは間接的なもので、オーウェルが『1984』などを書く時に資料にしたユージーン・ライオンズのAssignment in Utopiaという本があり、このAssignment in Utopiaがガレスの仕事を参照しているそうだ。また、オーウェルはガレスを攻撃したデュランティの仕事についてもよく知っていたらしい。このあたりの間接的な影響関係をふくらませることで、地道な調査の積み重ねが世界文学に貢献したということを示したいのだろうと思った。
この作品は最初からガレスがウェールズ人だということを強調しているのだが、終盤になってかなりこのアイデンティティが効いてくる。ガレスが調査に向かったウクライナというのはかつてガレスの母が英語教師として働いていたところであり、ガレスにとっては自分のアイデンティティとつながりのある場所だ。ガレスは終盤、失意のうちに故郷のウェールズに戻るのだが、おそらくこの映画ではウェールズとウクライナがふたつの帝国(イギリスとソ連)においてないがしろにされる場所、帝国の辺境としてつながっており、だからこそガレスがウクライナの人たちのために正しい事実を報道しようとするのだろうと思う。