会食政治とシェイクスピア~『KCIA 南山の部長たち』(ネタバレあり)

 『KCIA 南山の部長たち』を見た。1979年の朴正煕大統領暗殺事件を主題にした歴史もの政治スリラーである。

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 物語はおおむね、大韓民国中央情報部(KCIA)のキム部長(イ・ビョンホン)を中心に進む。前のKCIA部長だったパク部長(クァク・ドウォン)がアメリカに亡命し、大統領警護室のクァク室長(イ・ヒジュン)は粗暴であるため物静かなキムとそりが合わず、政府内でのもめごとが絶えない。かつて一緒にクーデターを起こしたパク大統領(イ・ソンミン)も、情報部のトップにしては穏健なキムを最近は疎んじている気配がある。キムは自分の身の振り方について悩むようになる。

 男性同士の親密感ある関係が悪いほうに転んでいく様子を丁寧に描いた政治スリラーである。アメリカに住んでいるロビイストのデボラ(キム・ソジン)以外、ひとりも女性が出てこないし、むしろデボラもわざわざ出さなくていいんじゃないかと思うくらい、ホモソーシャルな絆とそのほころびに焦点をあてた作品だ。大事なところでシェイクスピアネタが出てくるのだが、そこで使われているのが『オセロー』で、これはシェイクスピア劇の中でもとくに男同士の息苦しい嫉妬と競争をスリリングに描いた作品なので、雰囲気としてはピッタリである。この『オセロー』の使い方は微妙で、話の中では単なるマクガフィン…というか、おそらく実はここで『オセロー』に絡めて出てきている存在はみんなの疑心暗鬼の産物なのではという気がするのだが、一方で象徴としてはものすごく重い意味を負わされている。パク大統領の政府が男たちの妬みと疑いで動いていることを示唆するモチーフになっているからだ。個人的にはイ・ビョンホンに是非、ガチのシェイクスピア翻案をやってほしいと思った。

 そこで男同士の暑苦しい絆を象徴するものとして使われているのが、パク大統領が部下を呼んで行う会食である。日本でも新型コロナウイルス感染症が流行っているのに国会議員が会食をしているとか、二階幹事長や菅首相がやたらと会食が好きだとか、首相の息子が会食接待してたとか、会食政治が取り沙汰されているが、この映画はまさに男たちが一緒にメシを食って酒を飲むという非公式な場で親しくなり、そこでできた関係で政治が動くというありさまを丁寧に描いている。キム部長は自分だけ会食に呼ばれていないと知ってわざわざ会食会場の盗聴に出かけるし、大統領暗殺を企てるのは会食の場だ。この会食はなんともいえないエロスに満ちたものとして提示されている。