アダム・マッケイ監督『バイス』を見てきた。
ブッシュ政権の副大統領だったディック・チェイニーの人生を描いた政治諷刺劇である。ディック(クリスチャン・ベール)は若い頃、飲酒運転で何度も逮捕される自堕落な生活をしていたが、恋人リン(エイミー・アダムズ)の叱責で心を入れ替え、やがて政界入りする。議員だったドナルド・ラムズフェルド(スティーヴ・カレル)に気に入られたディックはどんどん出世するが、途中で政界のキャリアに見切りをつけてハリバートン社CEOとなる。ところが放蕩息子だったはずのジョージ・W(ダブヤ)・ブッシュ(サム・ロックウェル)が、大統領選にあたって副大統領候補にならないかと打診してくる。ディックは考えた後、大統領の権限を強化して副大統領として青二才のダブヤの政権を操ることに…
金融諷刺劇『ザ・ビッグ・ショート』を撮ったマッケイがベールとキャレルを再起用して撮った作品なので、スタイルは似ている。ナレーター(ジェシー・プレモンス)を立ててちょっと引いた視点の語りにしているため、ディックたちが行っている非常に不正な行為が冷静かつ一定の批判をこめて提示されるという作りになっている。いろいろなことをナレーター視点で語るため、ちょっと詰め込みすぎて焦点がぼけた印象を与えるところもあるのだが、語り手が誰なのか終盤でわかる展開を含めてこの工夫は面白い。
そしてこのチェイニー夫妻、はっきり言ってマクベス夫妻である。超優秀だが、女性であるため出世ができないリンが酒に溺れがちな上病気も抱えているディックを励まして出世させ、二人三脚で副大統領の座までのぼりつめる。途中、ディックが副大統領候補となることを考える場面ではご丁寧にシェイクスピアの名前を出してパロディまでやっている。しかしながらこの夫妻のポイントは、ダンカン王にあたるダブヤが無能すぎるので殺さないでよいということだ。サム・ロックウェル演じるダブヤはなんか政治家としてはものすごいおばかちゃん…のように見えるのだが、腹に一物ある無口なディックとは違って愛嬌はある男である。この愛嬌だけで一点突破のダブヤを盾に、人望はないがまるっきり政治的動物であるディックが血も凍るような悪いことをたくさんする。しかもこのディック、シェイクスピア劇におけるマルカム王子とかリッチモンドにあたるような若くて颯爽とした政治家に復讐されるわけではない(ちょっとだけ映るオバマはシェイクスピア劇の若き王子感は多少はあるかもしれないが)。ちょっと『ブラック・クランズマン』に似たエピローグがあるのだが、今でもアメリカではマクベスが世にはびこっているのである。
エイミー・アダムズ演じるリンは大きな役だし、ディックの家庭の事情はかなり丁寧に描かれているのだが、この映画はベクデル・テストはパスしない。スティーヴ・カレルがいつもの愛嬌を捨ててすごくやな感じでラムズフェルドを好演している。あと、タイラー・ペリーが無理矢理国連で演説させられる真面目人間のコリン・パウエルを演じており、なかなか上手でびっくりした。