不確かな語り~『スリル・ミー』(配信、ネタバレ注意)

 有料配信で『スリル・ミー』を見た。栗山民也演出で、レオポルドとローブ事件を題材とするアメリカの2人芝居ミュージカルを少し変えて翻訳したものである。私が見た回は「私」役が成河で、「彼」役が福士誠治だった。

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 レオポルドとローブという超人思想にかぶれた恋人同士の若者2人が子供を殺した事件を舞台化したものである。ただしキャストリストでは明確に名前が出てこず、登場人物が語り手をつとめる「私」と「彼」になっている。黒い箱みたいなセットで動き回る2人を見せる舞台で、伴奏はピアノ(落合崇史)だけなので、ミュージカルとしてはかなり規模が小さいものだと思う。

 最初は「彼」に振り回される「私」がかわいそうだと思って見ていたのだが、だんだん雲行きがあやしくなった末に最後に急展開があり、「私」の語りもけっこう怪しかったのでは…という気にさせられてくる。よく考えると途中で「私」が「彼」に行っていた性的・感情的な要求は、「私」視点で主観的に表現されていたからなんだかかわいそうに思えただけで、実はけっこう強引な要求なのを語りでごまかしていたのでは…とか思えてきて薄ら寒い。ニーチェの超人思想にかぶれてある意味では子供っぽい超人計画みたいなのを出してくる「彼」が父親の愛情を弟に奪われて屈折しているらしいことや、頭が切れて努力もしているのになかなかお金のない境遇から脱出できないことにフラストレーションを抱えているらしいことも垣間見える。

 とりあえず成河の演技が大変上手だったのが勝因だと思う。さらにカメラワークがけっこう上手で、2人しかいないからかもしれないが、役者の表情や動きなどを過不足なく撮れるよう気を遣っているように思った。非常に親密感のある作品なので、撮影が上手なのはとても重要である。