マシュー・マコナヘイと「デカチン」の含意(1)~『ジェントルメン』(本日のエントリには下品な表現とネタバレが含まれます)

 『ビーチ・バム まじめに不真面目』と『ジェントルメン』を1日で立て続けに見たのだが、いずれも大金とマリファナを抱えた愛妻家で交通事故に遭遇するマシュー・マコナヘイがデカチンである、というほぼ同じ内容(!?)の作品だった。そして、おそらくこのマシュー演じる役柄のキャラクター造形で最も重要なのが実は「デカチン」なのではないかというような気がしたので、二部構成でマシューが演じる役どころについて、デカチンであるという個性はどういう意味を賦与されているのかについて真面目に考えてみようと思う。まずはガイ・リッチーの『ジェントルメン』からいってみる。

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 『ジェントルメン』はかなりいろいろな人物が出てくる群像劇だが、主役と言ってよさそうなのはマシュー・マコナヘイ演じるミッキー・ピアソンと、チャーリー・ハナム演じるミッキーの部下レイモンド・スミスである。ミッキーはアメリカ出身だが、イギリスで貴族階級とコネを作って栽培地を確保することでマリファナ王国を築き上げた。しかしながらミッキーはマリファナが合法化される前にビジネスを売って妻のロザリンド(ミシェル・ドッカリー)と引退生活を楽しむことを決意し、アメリカの金持ちであるマシュー・バーガー(ジェレミー・ストロング)に取引を持ちかける。ところがそこに中国系の大手犯罪組織のトップであるロード・ジョージ(トム・ウー)とその部下であるドライ・アイ(ヘンリー・ゴールディング)がちょっかいを出してくる。さらにタブロイドの編集長であるビッグ・デイヴ(エディ・マーサン)、ビッグ・デイヴに雇われた映画オタクのフレッチャー(ヒュー・グラント)、下町で格闘技を教える伝説的な勇士であるコーチ(コリン・ファレル)などが絡んで、どんどん事態が複雑になる。

 最近のアクションスリラーらしい、やるかやられるかのやたらと複雑な展開にガイ・リッチーらしいオフビートなユーモアを絡ませた作品である。ガイ・リッチーがやたらとイケメン好きであることは既に広くバレていると思うのだが、これもいろんなタイプの色男勢揃いみたいなお話になっている。そしてこの色男勢揃いみたいな構成のせいで、作中でもフレッチャーがあからさまに"good old-fashioned cock-off"だと言っているが、まさにお話全体が大規模なデカチン比べのようになってしまっている(そしてこう言っているフレッチャー自身がまるっきりデカチン比べに巻き込まれてしまっている)。どうもこの映画では、「デカチン」というのは誰が一番ビビらなくて賢くてイケているかということを象徴しているようである。

 周知の事実だと思うのだが、男性同士のデカチン比べというのは実にばかばかしいし、古臭い。ドナルド・トランプ金正恩が核開発合戦ごっこをしていた頃はこの2人が股間にミサイルをつけてデカチン比べをしている風刺画がしばしば描かれていたが、まあデカチン比べ的なものはすっかりいわゆる「有害な男性性」の象徴、過去の遺物みたいになっている。一方で2018年くらいにアリアナ・グランデのせいで流行った"Big Dick Energy"(通称BDE、「デカチン力」)というものがあり、これは「うぬぼれた感じのない自信」と定義される。このBDEなるものは性別を問わず一切チンコがない人に対しても使われる言葉であった。ずいぶんとジェンダーバイアスのある表現だと思うのだが、この時からデカチンは実態としてのデカチンではなく、精神のあり方としてのデカチンを示すようになってしまっているのである。

 そこで、こういう古典的デカチン比べの話をとりあえず最後まで見せるために必要なのが、大変なBDEを有しているマシュー・マコナヘイである。マシューといえば昔からストーナーヴァイブ(マリファナでラリラリの雰囲気)が凄い役者だが、さらに『マジック・マイク』(2012)からすっかりデカチンキャラクターになってしまった。『マジック・マイク』の男性ストリップクラブオーナー、ダラスはなんだか知らないがとにかく自分のデカチンにもBDEにも自信がありそうな人物であり、このダラス役以降、たぶんマシューは一切脱がなくてもみんながなんとなく象徴的なデカチン力、しかもちょっとマリファナのにおいがするポジティヴなデカチン力を感じ取れる男性を演じ続けているように思われる。そういうわけで『ジェントルメン』は既にマシューのデカチン力でネタバレしている話というか、まあ完璧なスーツに身を包んだデカチンが勝利する。

 しかしながら、いくらマシューのデカチン力の勢いで最後まで持っていってしまっているとは言え、『ジェントルメン』はそれ以上に新しいとか冴えているとかいうところはないと思う。人種差別的な罵言などを批評的に使おうとしているようだが、その試みは全部盛大に失敗していて、単に趣味が悪いだけになっている。さらにガイ・リッチーは大変なイケメン好きであるにもかかわらず、今回出演した中では若き日のヒュー・グラントと同じくらいは正統派ロマコメ美男子であると言えるはずのヘンリー・ゴールディングを全然ちゃんと使えていない。マシューのデカチン力もパリっとしたスーツのせいで少々、飼い慣らされてしまっているような気がする。マシューのデカチン力が最大限に開花しているのは、次のエントリで論じる『ビーチ・バム』のほうである。