悪くはないが、かなり単純化されている~『シラノ』

 『シラノ』を見てきた。『シラノ・ド・ベルジュラック』が原作で、エリカ・シュミット(主演のピーター・ディンクレイジの妻)による舞台ミュージカルをジョー・ライトが映画化したものである。

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 シラノ(ピーター・ディンクレイジ)が鼻の大きい男性ではなく低身長症の男性ということになっており、それに合わせて鼻関係のセリフは全部カットしてあるのだが、違和感はまったくなく、むしろかなり正統派な感じのシラノである。ディンクレイジは才能豊かで魅力的なのに自信が持てないシラノ役にピッタリだ。全体的に甘いメロディと撮影を行ったシチリア島のノートの美しい風景もあいまってロマンティックコメディ風味のシラノになっている。シラノのキャラクターが高潔で善良そうなのもあり、マーティン・クリンプのバージョンなどに比べるとダークな後味がなく、すっきりした哀切さのある悲恋ものになっている。

 ただ、おそらく尺を短く、すっきりさせるためにかなり台本をカットしており、そのあたりは物足りなかった。私はロクサーヌが戦場に突然現れ、その影響もあってセクハラクズ野郎だったド・ギーシュが改心するあたりの展開が好きなのだが、この映画はロクサーヌ(ヘイリー・ベネット)もド・ギーシュ(ベン・メンデルソーン)もいい役者を当てているのにこのくだりが全部カットされている。ロクサーヌのこの行動を描かないとなんでシラノがロクサーヌに魅了されているのかわかりにくくなり(シラノはロクサーヌがただ美人で知的だからというだけではなく、こういう常人はしないようなことを平気でやる女だから好きになったのではないかと思う)、キャラが弱まってしまうと思う。また、この映画化ではド・ギーシュが『ノートルダムの鐘』のフロローみたいなかなり悪質な役柄になっており、悪役のままで終わってしまう。せっかくベン・メンデルソーンがやっているんだから、ド・ギーシュ殿の後悔と改心の歌も聴きたかったところだ(原作は何歳になってもその気になればインセルはやめられる、みたいな展開でとても良いと思うのだが…)。