ある意味、最高のゴドー~『アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台』(ネタバレあり)

 エマニュエル・クールコル監督『アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台』を見た。現代が舞台のフランス映画だが、お話は80年代にスウェーデンに起こった実話をもとに脚色したものである。

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 売れない役者のエチエンヌ(カド・メラッド)は刑務所で演劇指導をする仕事につく。最初はあまりぱっとしなかった囚人たちだが、意外にやる気があって上手になり、エチエンヌの尽力により、外部の劇場で『ゴドーを待ちながら』を上演する機会を得ることになった。『ゴドーを待ちながら』が大成功し、囚人たちは外部公演に出演する機会を何度も手にするが…

 わりとスピーディで大胆な省略があり、ちょっと変わったペース配分で、とくにエチエンヌと娘の関係の話とかはちょっと飛ばしすぎでは…と思って見ていたのだが、前半のよくある芸道スポ根ものみたいな話が中盤からだいぶ変わって、なるほどな…と思った。けっこう描くべきストーリーがたくさんあり、最後まで見るとこのくらいのちょっと急ぎ足なペースにならざるを得なかったのだろうという気分になった。公演を繰り返すうちに、役者陣の中でどんどん刑務所への不満が高まり、最後はなんとパリのオデオン座での最終公演の直前に囚人劇団のメンバーが全員逃げてしまい、芝居ができなかった…というオチになる。しかしながら舞台でエチエンヌが言っているようにこれは大変ベケット的な状況で、実際にベケットは80年代に当の事件が起こった時はこのニュースがいたくお気に召したらしい。囚人たちが最後に逃亡したのは、役者としてはプロ意識に欠けるが、見方を変えるとベケットの芝居の出口のないやるせなさを理解していたからだとも言えるし、観客はウラジーミルやエストラゴンと同じような不条理な待ちぼうけの気分を味わせてもらったわけで、人生の一部としての観劇体験としては大変面白いとは言える。

 囚人たちが不満を募らせていく様子がわりとわかりやすく描かれている。囚人たちは外で公演をしている時は喝采を受け、家族とも会えるが、刑務所に帰る時は毎回、屈辱的な身体検査を受け、プレゼントの花やぬいぐるみをグシャグシャに検査されて捨てられてしまう。ちょっとは楽しいことがあっても1日の終わりにはどんよりすることしか起こらず、しかもそれが何度も繰り返されるというのは『ゴドーを待ちながら』そのまんまの不条理な状況だ。途中でこんな状況に飽きた囚人劇団のメンバーたちが、どうせ身体検査するんだからと全裸でバスを降りて大騒ぎするところがあり、一見馬鹿げているがなんとかして筋書きを変えたいと願うメンバーの心境がよくあらわれている場面である。全体的に作っているほうもけっこう演劇をよく理解している感じで、笑うところもたくさんあるし、楽しい作品だ。