荒っぽくリアルなのに、最後はシュールな諷刺劇~『病は気から』

 モリエール病は気から』をル・シネマで見た。モリエール生誕400年記念で、コメディ・フランセーズで上演されたものを撮って映画館で上映する企画である。クロード・ストラーツ演出で、2020年に上演されたものである。この演目を見るのは初めてである。

 主人公であるアルガン(ギヨーム・ガリエンヌ)はいわゆる心気症で、とくに悪いところはなさそうなのに自分は病気だと思い込んで医者にかかり続けており、娘のアンジェリック(クレール・ドゥ・ラ・リュ・デュ・カン)は医者と結婚させると言ってきかない。ところがアンジェリックにはれっきとした恋人クレアント(ヨアン・ガジオロフスキ)がおり、アルガンが花婿候補として連れてきた若い医者のトマ(クレモン・ブレッソン)はぱっとしない上にどう見てもヤブ医者だった。女中のトワネット(ジュリー・シカール)はアンジェリックのために一肌脱いでやることにし、アルガンに死んだふりをさせる。アルガンが死んだという知らせにより、アルガンの後妻ベリーヌ(コラリー・ザホネロ)は実は夫を愛していないこと、娘のアンジェリックは父親を真面目に愛していることが明らかになり、アルガンはクレアントが医者になるという条件でアンジェリックとの結婚を認める。

 時代劇風の衣装とセットで笑えるところも多く、たぶんあんまり奇をてらったようなところはない、正統派の上演だと思う。ただ、けっこうドタバタと荒っぽい笑わせ方のところも多く、かつ古い伝統にしがみついて新しいものを受け入れない医者に対する諷刺は非常に辛辣である。トマが事前に考えてきた口上を求婚の際に述べるところは、フランス語はごくごく初歩(トイレの場所を聞くとかレストランで注文する程度のフランス語しかわからない)しか知らない私でもわかるくらい変なしゃべり方で、とても笑える。出てくる医者は揃いも揃って古臭いヤブ医者であるばかりではなく、いきなり遺体の解剖の話をし始めるなど社会的な常識も無いという描き方で、誇張されていはいるがおそらく一部はけっこう当時の医者の正確な描写なんだろうな…と思った。

 おおむねリアルな感じの作品だが、最後のアルガンがかつがれて医者の免状をもらうニセ儀礼の場面はなんだかとてもシュールだ。戯曲を読んだ時はもうちょっと賑やかで楽しいものを想像していたのだが、この演出ではアルガンが本当に医者の免許をもらえたと思っているのか、とても嬉しそうである。ちょっと夢みたいな演出で、ひょっとしてアルガンは本当に昔から医者になりたかったが、諸事情でなれなかったのでは…と思ってしまった。心気症の主人公のおそらくは長年の夢からきているのであろう思い込みに付き合ってあげるショーで終わっており、自分がかつがれていたということに気付いてショックを受ける描写がないという点で、実はこの戯曲はとても不思議な作品なのではという気もした。