個人史とより大きな歴史の接続~『パラレル・マザーズ』

 ペドロ・アルモドバルの新作『パラレル・マザーズ』を見てきた。

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 写真家のジャニス(ペネロペ・クルス)とまだ10代のアナ(ミレナ・スミット)は同じ日に病院で出産してシングルマザーとなる。ところがジャニスは病院で2人の赤ん坊が取り違えられていたらしいということに気づき始める。さらに、アナが育てていたほうの赤ん坊は突然死していた。そのことを知ったジャニスはアナに事実を言い出せないまま、自立を模索しているアナを住み込みの子守として雇い、互いに好意を抱くようになるが…

 

 ペネロペ・クルス主演のアルモドバル映画ということで、いつものお母さんもの人間ドラマかと思って見始めたのだが、実はこれはスペイン内戦についての映画である。最初にジャニスがスペイン内戦で亡くなった先祖の遺骨収集をしようとしているという話があり、中盤でも重要なところになるとこの遺骨収集の話が出てきて、最後は遺骨が掘り出されるところで終わっている。そしてジャニスが抱える極めて個人的なトラブルと、スペインの政府と社会がスペイン内戦を忘却のうちに葬ろうとしているという大きな問題がどんどんリンクしていく作りになっている。

 この2点がつながるのは、嘘と忘却というテーマによってである。ジャニスはアナが育てていた赤ん坊(実は自分の生んだ子)が死亡したという話を聞いてからずっと本当のことを言い出せず、自分に嘘をつき、このへんのことをごまかして忘れてしまいたいと思いつつ暮らしていた。しかしながらジャニスはスペイン内戦で亡くなった先祖の遺骨を見つけ、嘘と忘却の淵から自分の家族を救い出すことを自分の使命と考えている。自分の家族のために真実を取り戻したいというジャニスの情熱は当然、赤ん坊に関する真実を隠しておきたいと思う個人的なためらいの気持ちと真っ向から衝突し、ジャニスの良心を苛むことになる。さらにはアナがレイプによって出産したのに、父親から隠して忘れるように示唆されて警察に届け出なかったことを聞き、余計スペイン社会にはびこる嘘と忘却の文化に対する反感が募っていくようになる。ジャニスが遺骨収集の話の後にアナに赤ん坊の真実を打ち明けたのは、スペイン社会が忘れようとしている真実を掘り出そうとしている自分が、別のところではスペイン社会にありがちな何でもうやむやにしてしまう態度をとっていることが我慢できなくなったからだ。

 けっこうな力技でジャニスの個人史をスペインの大きな歴史につなげるということをやっており、かなり大胆な映画である。個人史と、より大きくかつ抑圧的な歴史の接続という点では、たぶん『NOPE/ノープ』とけっこう似たテーマを扱っている。いつものアルモドバルらしい綺麗な色彩やメロドラマっぽさは健在だし、ジャニスとアナが双方に好意を抱くようになるという点でクィアな映画でもあり、今までの作風を継続してはいるのだが、新しいことをやろうとしている作品だと思った。