サメ、海産物躍り食い触手巨大化タコ女、ボーン・セクシー・イエスタデイ~『リトル・マーメイド』

 『リトル・マーメイド』実写版を見てきた。1989年のアニメの実写版である。

www.youtube.com

 そもそも私はもとのアニメに全く思い入れが無い…というか、極めて批判的である。もともとのアンデルセンの『人魚姫』はアイデンティティを隠すことや魂の探求に関する深刻な話だが、ディズニーアニメはそこから甘ったるい恋愛要素だけを取り出したいかにもディズニーの商品らしい作品である。トレヴァー・ノアがこの作品について「男性を喜ばせるために自身の格であるアイデンティティを変える若い女性の美しい物語」だと皮肉っていたが、私も全くそう思う。もっと前である1984年に作られた『スプラッシュ』では男性のほうが人魚界に入ろうとしていたのに、むしろそれより後退していると思う。

 …というような批判をおそらく想定しているからだろうが、実写版の『リトル・マーメイド』はけっこうアニメ版の気になるところを変えている…というか、これまであんまり成功していなかったディズニーアニメの実写化ではだいぶ良いほうではないかと思う。何しろ主役のカップルが可愛いし、アースラ(メリッサ・マッカーシー)やエリック王子(ジョナ・ハウアー=キング)の背景がきちんと描かれており、終盤のトリトンハビエル・バルデム)の子離れのくだりなども丁寧になっている。アリエル(ハリー・ベイリー)は人間世界に憧れているこじらせた文化系少女みたいなヒロインで、一方でエリックも海が大好きでどうも人間界に馴染めていないので、そういう2人が惹かれ合ってくっつくのはいかにもロマンスとしては説得力がある気がするし、最後に足が生えたアリエルを連れてエリックが海に出ようとするというのもちょっと折衷的な終わり方でバランスがとれている。とくにエリックがディズニーの王子様としてはかなり性格がはっきりしていて、アリエルが夢中になる理由がよく分かる感じで描かれているのが良い。

 一方で、何しろ海の中のファンタジーを実写にしているので、アニメなら別におかしくない描写が妙にリアルで奇妙に見えるところがある。既にいろいろ言われているが、フランダー(ジェイコブ・トレンブレイ)やセバスチャン(ダヴィード・ディグス)のような海の生き物と人魚たちが同じ世界で会話しているのは若干、慣れるまで時間がかかる。ただ、まあこれは慣れればそんなに気にならないのだが、そもそも全体的に俳優陣の演技は水の中のほうが若干固い感じがあり、これは自由に動かせるアニメキャラクターに比べると、人間を機材で固定してやらないといけない実写の撮影方法に制限があるせいだと思うので、そのへんもなんとなく違和感があるのに関連しているかもしれない。

 ちょっとビックリするのはむしろアドベンチャー描写のほうで、冒頭でサメが襲ってくるところはサメ映画かと思うようなリアルさで(大画面で見るとけっこう怖い)、むしろそのへんのサメ映画より金がかかっていて豪華なのではという気すらした。また、キラキラ触手にとりまかれたセクシーなデカいタコ女のアースラは、しょっぱなから海産物を躍り食いしたりするのだがそこがけっこうグロいと言えばグロいし、最後に巨大化するところなどはまったくモンスターパニック映画かと思うような暴れっぷりである。全体的に、アニメだとなんかカートゥーンだから…という気で面白おかしいなと思って見られたところが、実写になるとリアリティラインが変わるのでだいぶ雰囲気が違ってくるというのがあると思う。

 あと、中盤でアリエルとエリックがけっこうちゃんとロマンチックなデートをする場面があるのだが、ここは2人がきちんと恋愛していることを示すために必要である一方、アリエルがちょっとボーン・セクシー・イエスタデイっぽいと思った。「ボーン・セクシー・イエスタデイ」というのは、なんらかの事情で舞台となっている世界の事情をよく知らないが、ハイスペック(超能力があったり、すごく強かったりする)であるヒロインが、いろいろカルチャーギャップに突っ込んでいって笑いをとりつつ、その無垢なところがなんかセクシーで可愛い…みたいなステレオタイプを指す言い方である。島の市場で言葉がしゃべれないのにいろいろ興味津々で王子を困らせるアリエルは無茶苦茶可愛いのだが、これはたぶんボーン・セクシー・イエスタデイ効果で可愛いんだろうと思う。