あんまり全体的にまとまりが無いような…『春画先生』(試写)

 『春画先生』を試写で見た。

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 カフェで働く弓子(北香耶)は店に来ていた春画の研究者である芳賀(内野聖陽)とふとしたことから知り合いになり、春画に興味を持つようになる。弓子は芳賀に引かれるようになるが、芳賀は亡き妻のことを忘れられず、弓子との恋愛に踏み出さない。弓子は芳賀に原稿を書かせたくてたまらない担当編集者の辻村(柄本佑)に出会うが…

 全体的にあんまりまとまりが無い話だと思った。芳賀は、江戸時代の春画というのは「笑い絵」で楽しく鑑賞するのびやかなものだというような話を最初からずっとしているのだが、本人は亡妻に義理立てして恋愛もセックスも断っており、本人の恋愛観やセックス観にのびやかさが全然ないように見える。ところがその矛盾が解放されるプロセスではなんかいきなり西洋風のSMみたいなものが出てきており、別に西洋風SMはダメですとかいうわけじゃないのだが、これは序盤で解説されていた「春画ののびやかさ」的な陽気なセックス観と対照的な、悪く言えば笑いのないクソ真面目なセックス観に見えるので、春画どこ行った…と思ってしまった。また、セックスと愛をちょっとごっちゃにしているような表現も見受けられ、そこも気になった。

 また、中盤で弓子のあえぎ声を辻村が無断で芳賀に聞かせるところは単なる性的嫌がらせである。性的探求を行いたいなら事前に弓子の許可をとるべきだし、そもそもその前に提示されていた春画ののびやかセックス観とも合致しないので(セックスについての考え方がのびやかならフランクにいろいろ話して探求できるはずだろう)、ここの展開はひどい。弓子が辻村に想いを抱いているため、最初は怒っていた弓子もだんだんなあなあになってしまうが、盗撮とかが社会問題になっている今、こういう展開を面白おかしいものみたいに提示するのはひどいと思う。