イタリアの同性愛差別事件を扱った歴史もの~『蟻の王』(試写、ネタバレあり)

 ジャンニ・アメリオ蟻の王』を試写で見た。1960年代の実話を映画化した作品である。

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 多才な芸術家で蟻の研究をしているアルド・ブライバンティ(ルイジ・ロ・カーショ)は若いエットレ(レオナルド・マルテーゼ)とピアチェンツァで恋に落ちる。2人はローマに出て行くが、エットレの保守的な家族はエットレに無理矢理転向療法を受けさせ、アルドをほとんど適用されたことのない教唆罪という罪で訴える。左翼であるアルドに対する不当な弾圧に憤ったジャーナリストのエンニオ(エリオ・ジェルマーノ)は取材を開始するが、雇い主の『ウニタ』はあまりいい顔をしない。

 この映画でアルドとエットレが経験する差別は非常に不当で悲惨なものである。アルドは左翼だったので、共産主義と同性愛を結びつけて社会に対する脅威と見なす60年代の風潮により、ほとんど使われたことのない古い法律で訴えられ、有罪にされてしまう。同性間性交渉じたいを禁じる法律がイタリアに存在しなかったので「教唆罪」で訴えられたらしいのだが、この教唆罪なるものはそもそも文面が非常に曖昧で適用に問題がありそうなものである。ところが裁判ではアルドやエットレの言うことは聞いてもらえない。左翼叩きに性的不品行や同性愛が用いられ、なんとなく社会がそれを受け入れる様子が淡々と描かれており、思想弾圧と性的指向に関する差別が深く結びついていることが示されている。

 非常に真面目で志の高い作品ではあるのだが、2点ほどちょっとひっかかるところがある。まず、『ウニタ』(もともとイタリア共産党機関紙)周りの人たちはこの映画ではかなりアルドに冷たかったように描かれているのだが、実際は『ウニタ』はこの裁判に対して極めて批判的だったらしい。これは左翼でも同性愛差別的なところがあった…みたいなことを描こうとしつつ話をドラマティックにするために盛りすぎているのだろうと思う。

 また、アルドは見たところ強要とかセクハラにあたることはしておらず、収監されるような悪事はしていないので明らかに不当裁判ではあるのだが、一方で若い男性を周りに集めて相当年下の弟子を口説いており、2023年の価値観で見るとけっこう困った中年プレイボーイではある。当時は同性愛者の男性同士が出会う機会が少なかっただろうからまあそういうこともあったのだろうと思うが、今ならカリスマ性に引き寄せられた若い弟子と付き合っているということになると周りからそれちょっとやめたら…みたいなことを言われるのではないかと思う。その点では途中でエットレとパーティに行ってケンカする場面とかはないほうがいいのでは…と思った。パーティの場面はイタリアの当時のゲイカルチャーの雰囲気がわかって見た目は面白いのだが、一方であまり本筋に貢献しておらず、むしろ「アルドはちょっとエットレに保護者ぶりすぎでは?」とも見え、困った年上の色男感が増大してしまうので(一応謝罪はするのだが)、要らない気がする。