とにかく面白い歴史もの~『ベスト・オブ・エネミーズ』

 ナショナル・シアター・ライブで『ベスト・オブ・エネミーズ』を見てきた。ジェームズ・グレアム作、ジェレミー・ヘリン演出の舞台を撮ったものである。

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 舞台は1968年のアメリカである。大統領選前の共和党民主党の大会にあわせて、視聴率競争で最下位のABCは新しい討論番組を計画する。そこで呼ばれたのが『ナショナル・レビュー』編集者であるウィリアム・F・バックリー(デイヴィッド・ヘアウッド)と民主党支持者であるバイセクシュアルのゴア・ヴィダルザカリー・クイント)である。2人は互いのことを探りつつ、毎晩舌戦を繰り広げる。

 単純に見ていてものすごく面白い芝居である。主演の2人の演技が大変良く、保守的なアメリカの白人男性であるバックリーにイギリスの黒人男性であるヘアウッド、ヴィダル役にはオープンリーゲイのクイントというキャスティングも絶妙だ。ヘアウッドがバックリー役というのはかなり意外だと思うが、見ているとほとんど気にならない…というか、このプロダクションはバックリーをたしかに政治的には非常に保守的だし同性愛嫌悪的だが、最近のアメリカのいわゆる「保守派」に比べるとだいぶ知性とか品位にこだわっている感じの人として提示したいようなので、そこは極めてうまくいっている。クイントはまあ予想通りにはまり役で、60年代エリートっぽい間太平洋アクセントで、辛辣な機知に富んだ作家を演じている。テレビの画面っぽさを生かした美術も面白く、舞台ならではの空間の使い方でメリハリのあるプロダクションになっている。

 この作品の面白いところとして、パブリックインテレクチュアルの社会における役割を多層的に描いているということがある。アメリカのテレビが今のようなうるさくてデマまみれの討論を放送するようになったきっかけがたぶんこのバックリー対ヴィダルの討論番組にあり、テレビの歴史の中では非常に重要なポイントだったのだが、企画した時には誰もそんなことは予測していなかったということをこの芝居はスリリングに描き出している。そういう中でバックリーやヴィダルのようなパブリックインテレクチュアルはどう生きるべきなのかということを問うている作品でもある。知的に内容のあることを議論しようとすると視聴者がついてこないこともあるし、見た目の感じの良さばかり気にしていると議論に内容がなくなってしまう。さらに片方がテレビ討論で勝ったとしても社会がその討論の勝者の考えた方向に動くわけでもない。ここで効いてくるのが脇役でありながら要所要所でキーになることを言うジェームズ・ボールドウィン(サイラス・ロウ)で、人種差別や同性愛差別の当事者であり、かつ才能豊かな文人として、ひとりの人間が何かを代弁することの問題とか、特権の働きとか、いろいろなことについて鋭いコメントをする。この作品はバックリーとヴィダルを中心にぐるぐる回っているように見えるが、実はボールドウィンが要石のようにしてい効いていないと機能しない芝居なのでは…という気がした。