嵐が丘で食べるヴィクトリアスポンジ~ワイズ・チルドレン『嵐が丘』(配信)

 ワイズ・チルドレンの『嵐が丘』を配信で見た。エマ・ライスの演出によるミュージカルで、ナショナル・シアター、ブリストル・オールド・ヴィック、ヨーク・シアター・ロイヤルが協力している。

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 椅子などを使ったシンプルなセットで、たまにプロジェクションの背景やスモークなどが使われる。何しろ長い話で途中で死亡する登場人物もけっこういるので、役者陣の多くは2役以上を演じている。驚いたことにネリーがいなくなっており、かわりに擬人化された荒れ野(ムーア)がコロスみたいな感じで出てきて狂言回しをつとめる。いろんな理由で信頼できない語り手になっているネリーをカットし、またこれまた頼りない語り手であるロックウッド(サム・アーチャー)もちょっとコミックリリーフみたいな感じで小さい役にしていて、そのぶんお話はかなりクリアになっている。

 ヒースクリフ(アッシュ・ハンター)まわりの話も原作にあった曖昧さがかなり排除されて明確になっている。この作品ではヒースクリフは黒人男性で、アーンショーのお父さん(クレイグ・ジョンソン)がまったくの偶然により、リヴァプールで貧しい子どもを拾ってくるところが実際に舞台で演じられている。原作ではこのへんの経緯があまりはっきりしなくて、ヒースクリフは実はアーンショーのお父さんの庶子でキャサリン(ルーシー・マコーミック)やヒンドリー(Tama Phethean)の母違いのきょうだいなのでは…などという推測もできたりするのだが、このプロダクションはそういう推測ができない方向に誘導していて、一方でアーンショー家の子どもたちとヒースクリフの階級差のほうが明確になっている。

 他にもいろいろ、長い原作をわかりやすくするため、登場人物の感情の流れなどがはっきりするよう工夫しているところがたくさん見られる。もともと偏屈なところがあったヒンドリーがおそらく唯一、心を開ける相手だった愛妻フランシス(ウィットニー・ホワイト)を出産で失い、そのせいで息子ヘアトン(Tama Phethean)が妻を奪ったと思って育児を放棄してしまうというプロセスがわりとはっきり描写されている。若い世代はみんな上の世代に振り回され、虐待されたかわいそうな人々として描かれており、とくに若リントン(ケイティ・オーウェン)はたいへん気の毒な犠牲者だ。最後に若キャシー(ウィットニー・ホワイト)とヘアトンが人が変わったように明るくなって出てくるところは、ヤバい大人がいなくなるとこんなに若者の人生が楽になる…ということをちょっと見せすぎと言ってもいいくらい強調している。とくにそれまで粗暴な感じだったヘアトンがエプロンをして出てきてロックウッドを大歓迎し、お茶とヴィクトリアスポンジ(たぶん自分で焼いたんだと思う)をすすめるところはとても笑える。

 全体的に音楽も展開によくあっているし、上の世代の暗いロマンスと復讐の物語と、虐待を生きのびた若い世代の希望が対比されていてわかりやすい作品だ。ちょっとカットしてわかりやすくしすぎでは…とも思えるが(ネリーがいないとだいぶ雰囲気が変わる)、あの長い原作を芝居にするとなると仕方ないところもあるのかと思う。