演技はいいが、脚本がちょっと…『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』

 リー・ダニエルズ監督の新作『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』を見てきた。ビリー・ホリデイの伝記ものである。

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 基本的にはビリーがアメリカ政府から「奇妙な果実」を歌うのを妨害されまくり、その工作として麻薬で逮捕され、嫌がらせされる様子を描いている。ビリー役のアンドラ・デイは歌(実際に自分でビリーの持ち歌を歌っている)も演技も素晴らしく、芝居を見ているだけでお金を払う価値はある…のだが、脚本にかなり問題がある。ビリーが取材を受けて話しているという枠に入っているのだが、この枠はあんまり効いておらず、最後はビリーが亡くなって終わるのでほぼ意味が無い。また、たまに過去に戻ったりするところもあまり語り口として効果的には思えないし、「奇妙な果実」がなんでビリーの持ち歌になったのかというようなところはすっ飛ばされている(ここをちゃんと最初に描いたほうがわかりやすいと思うのだが…)。もうちょっとすっきりした語り口にすべきだと思う。

 さらに問題なのは、この作品は相当に史実を曲げているらしいということである。麻薬捜査官のジミー・フレッチャー(トレバンテ・ローズ)が捜査をしているうちにビリーを愛するようになってしまい、やがて相思相愛に…という重要な展開には歴史的な証拠はないらしい。フレッチャーがビリーの逮捕にかかわったことを後悔していたとか、2人はお互いをよく知っていたとかいうようなことを示唆する断片的な話は残っているようだが、それ以上の記録は残っていないということだ。ここは見ている最中から、自分を警察に突き出した捜査官と情熱的な恋愛をするというはおかしいと思っていたらやはり創作だということで、いくら何でもロマンティックな方向に話を作りすぎでは…と思ったし、何だかファンの妄想を見せられているみたいでイヤな感じがした。

 さらにアメリカ政府がビリーに「奇妙な果実」を歌わせないため嫌がらせをしていたという話もほぼ信憑性が無いらしい。「奇妙な果実」が衝撃的で保守的な人にとっては大変コントロヴァーシャルな歌だったというのは事実だし、アメリカ政府がビリーの麻薬癖に目をつけて追い回していたのも本当だそうだが、その原因が「奇妙な果実」にあるというようなことを示す記録は残っていないらしい。また、映画の中で印象的に描かれている、ビリーが「奇妙な果実」を歌っている時に舞台から引きずり下ろされたとかいうようなことも実際は起こっていないそうだ(上の記事によると、劇場の意向や客受けの問題で歌わないことはあったらしいが、政府の差し金ということを示す記録は無いそうだ)。そうなるとお話全体が陰謀論じみた話にファンの妄想みたいなものを組み合わせた史実から離れた内容だということになってしまう。非常にすっきりしない映画である。