いい芝居だが、キャスティングをもうちょっと…『やさしい猫』

 劇団民藝やさしい猫』を招待で見てきた。中島京子による小説が原作で、これはテレビドラマ化もされている。小池倫代台本、丹野郁弓演出による舞台化である。

 スリランカから日本に引っ越してきた移民のクマラ(橋本潤)は、東日本大震災のボランティア活動で出会った保育士のミユキ(森田咲子)と付き合うようになる。ミユキは夫をなくしてひとりで娘のマヤ(井上晶)を育てていたが、マヤもクマラにすっかりなついて再婚秒読みとなる。ところがクマラが失業し、在留カードの期限も切れてしまう。急いで結婚したミユキとクマラだったが、クマラが入管につかまり、強制退去させられそうになる。ミユキは夫を助けるべく裁判を起こすが…

 序盤は心温まるカルチャーギャップロマンスだが、後半はクマラがお役所の手続きに絡め取られて入管に人権を侵害されまくるホラーみたいな展開である。ウィシュマさん死亡事件や牛久入管での収容者虐待、日本の不適切な在留資格認定・難民認定などの現実の問題をほぼそのまま描いており、法律監修も入っているので、終盤の裁判劇の部分はかなりリアルだ。日本における外国籍者差別だけではなく、性的指向にかかわる偏見なども扱われている。序盤をもうちょっと刈り込んでテンポよくできる気はするのだが(これでも小説からはけっこう省略しているところも多いが)、見ていて腹立たしくなるような理不尽な人権侵害と、それと戦う登場人物たちの心情が胸に迫る作品である。

 中盤以降はかなりよくできている芝居だし、こういう作品をやることには非常に意義があるとは思うのだが、一方でこういう作品だからこそ、スリランカ系のクマラやペレラの役には南アジア系であることを公表しているような役者をキャスティングすべきではないか…と思った。歴史ものとか外国が舞台の作品で人種差別がテーマのものをやるときは、現代日本で同じ人種・民族のキャストをそろえるというのは人口構成からして困難なことも多いだろうから無理は言えないのだが、この作品は実際に日本で起こったことをほぼリアルに描いている作品だ。日本で真面目に働きたいと思っている海外ルーツの人たちが働けないような状況を扱っているこういう作品こそ、実際に舞台の上で移民ルーツの役者が働いているところをお客さんに見せることが大事なのではないか…と思った。

 この作品は入管による人権侵害を批判しているが、日本に住んでいる人の心にも入管がある…というか、「移民が日本人と結婚するのはあやしい」みたいな作中に出てくる偏見の延長として、移民ルーツの人が出自を明らかにして公職や人前に出るような仕事につくのが難しい状況があるはずだ。この芝居はそういう我々の心に無意識に建てられた入管を批判する芝居なのだから、キャスティングにもある象徴的な「入管」(これがなかなか目に見えないわけだが)もとっぱらう努力が要ると思う。たしかにスリランカ系の役者を日本で探すのは困難だろうし(南アジア全体に広げればまあなんとかなるかもしれないが…)、また公表はしていないが移民や民族マイノリティがルーツの役者さんもいろいろ日本で活躍しておられるかとは思う。これからもっとこの種の芝居についてはキャスティングがもっと工夫されるようになるといいと思う。