山猫か、イモか~NTライヴ『リーマン・トリロジー』(ネタバレあり)

 NTライヴで『リーマン・トリロジー』を見てきた。もともとの原作はステファノ・マッシー二によるイタリアのラジオドラマで、それをさらに舞台用の戯曲にしたものであり、ナショナル・シアターでやったバージョンはベン・パワーによる英語化だ。サム・メンデス演出で、登場する役者はサイモン・ラッセル・ビール、アダム・ゴドリー、ベン・マイルズの3人だけだ。

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 ドイツからアメリカに移住し、金融一族として大成功したリーマン一家の三代にわたる来歴を語る大河ドラマ的な作品である。2008年のリーマンショックから始まり、1844年にリーマン3兄弟の兄であるヘンリー(サイモン・ラッセル・ビール)が移住してくるところに戻って、そこから3人の役者が取っ替え引っ替えいろんな役を演じつつ、一族の物語が進む。誰がどの役を演じるかは一応決まっているのだが、それでもけっこうめまぐるしい。

 舞台はガラスの箱の中にオフィスっぽいセットがあるというもので、時間の経過につれてオフィスがちょっとずつ変わっていく。背景にもいろいろ映像が映るようになっており、これは非常にサム・メンデスっぽい演出だ。トリロジーというだけあって三幕物で、3時間半もある。

 

 物語はユダヤ移民の成功と没落の物語であり、金融腐敗の話でもある。貧しいユダヤ系の移民としてアメリカにやってきた3兄弟が奴隷制度から利益を得、南北戦争の後はニューヨークでの商売に鞍替えして成功し、その子孫たちは危険な投資に手を染めるようになる。やがてリーマン・ブラザーズからはリーマン一族がいなくなり、2008年に会社は破綻する。ヴィスコンティの『山猫』みたいな一族の盛衰を追った大河ドラマなのだが(あとルカ・グァダニーノの『 ミラノ、愛に生きる 』もちょっと思い出した)、これをたった3人で、しかも直線的というよりは意識の流れを見せるみたいな詩的なやり方で提示する。ふつうの芝居というよりは一種の詩劇である。

 

 とにかくすごく完成度の高い作品だ。衣装替えなど一切なしで3人の役者が役から役へと早変わりするのだが、表情や台詞回しまで細かく演じ分けていて、この芝居を見るだけでも一見の価値がある。女役もこの3人の男優が演じているのだが、お化粧も小道具もなしで一瞬でおじちゃまから美女に変わったりするあたり、まったく見ているだけで感心する。これはいつものことではあるのだが、サイモン・ラッセル・ビールのかわいらしさたるや大変なもので、サイモンが微笑むとこっちもなんだか笑みがこぼれてしまう。ベン・マイルズはちょっとシャープな感じがする一方、「イモ」とかいうあだ名がつけられている末弟マイヤーを演じるアダム・ゴドリーも実にイモっぽくてかわいらしい。

 

 ただ、私も好みからいうとちょっと洗練されすぎているかというところもあった(そんなことを言っている登場人物が作中にもいたが)。サム・メンデスはとにかく洗練された作品を作る人なので、その作家性が如実に表れている舞台だとは言えると思う。あと、台詞が多すぎるからだとは思うのだが、ところどころ日本語字幕におかしいところがあった。