最高のバケモノ~NTライヴ、イアン・マッケラン主演『リア王』

 NTライヴでジョナサン・マンビー演出、イアン・マッケラン演出の『リア王』を見てきた。

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 演出は現代的だが、美術や衣装などは完全に21世紀というわけではなく、ちょっとマッケラン版『リチャード三世』を思わせるような戦前風のところもある。また、リア王が国を分けるところでは地図をハサミで切るという演出をするのだが、ここはおまけのインタビューでも言っていたように、Brexitを思わせる場面になっている。

 

 イアン・マッケランの演技は文句のつけようがないくらい素晴らしい。少し認知症になりかかっているらしい不安な老王で、役者本人とリア王の年齢が同じくらいということもあり、妙なリアリティがある (冒頭でハサミを使って地図を切るところも、ちょっと判断力がなくなっているのではないかという印象を与える)。以前『ゴドーを待ちながら』でイアン・マッケラン演じるエストラゴンを見た時はすごく可愛くボケている感じだったのだが、このリア王は哀切である。そして私が一番、マッケランについて好きなのが、劇中ではどんなに弱々しいおじいさんの役でも、カーテンコールになると急に元気な本人に戻るところだ。役者はバケモノである。マッケランは最高のバケモノだ。

 

 ただ、全体に女性描写については以前見たサム・メンデス演出、サイモン・ラッセル・ビール主演版に影響を受けている一方、ちょっとそちらよりもバランスがとれていないところがあるように感じた。コーデリア(アニータ=ジョイ・ウワジェ)が軍服を着た凜々しい女性だったり、ゴネリル(クレア・プライス)の感情が豊かなあたりはいいのだが(このへんはメンデス=ビール版に近い)、リーガン(カースティ・ブッシェル)とコーンウォールが猟奇殺人カップルみたいなのはちょっとやりすぎでは…という気がした。コーンウォール夫妻はグロスターの目を抜くところで明らかに性的に興奮していて、シェイクスピア劇の登場人物というよりはマイラ・ヒンドリーとイアン・ブレイディみたいである。また、ケントが女性(女性伯爵)という設定でシニード・キューザックが演じているのだが、この女性のケントが男に変装してまでリア王の面倒をみようとするというのはむしろ介護のジェンダー化みたいになってしまってかえって良くない気がした。ケントの役は、男性でケアの倫理を持ってつらい時代を生き抜こうとする人がいるというのが大事なところだと思うのだが、女性にするとむしろステレオタイプになる気がする。このケアする男性としての役割は、この上演では道化(ロイド・ハッチンソン)に割り振られており、道化がリア王の身繕いを手伝うなど、従僕(valet)の仕事も兼ねている。