女優陣は頑張ってるが、台本のカットがひどい~SKE48版『ハムレット』(ネタバレあり)

 SKE48版『ハムレット』を見てきた。SKEについては全く知らないのだが、『SKEBINGO!~ガチでお芝居やらせて頂きます!』という番組の企画らしい。舞台はデンマークではなくSKEの地元の名古屋で、敵国はノルウェーではなく岐阜である。

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 女優陣は思ったより全然頑張っている(私はこれより演技のひどいシェイクスピアをいっぱい見たことあるし、前にアイドル舞台でオールフィメールの『ハムレット』翻案を見たことあるのだが、あれより全然マシだった)。とくにハムレット(松井珠理奈)とガートルード(鎌田菜月)は、未熟なところはあるがあまり舞台経験がないにしては立派なもので、場数を踏んで訓練すれば伸びるんじゃないかという気がした。

 

 しかしながら、とにかく台本のカットがひどい。3時間以上かかる台本を90分にしてるのでまあダイジェストだろというのはあるのだが、私は以前もQ1ベースの短いやつとか2時間疾走しまくりのリトアニア語版ハムレットとかを見たことあり、うまくやれば『ハムレット』でも2時間くらいでなんとかなるはず…とは思う。しかしながらこれはカットする箇所のチョイスがひどすぎる。ほとんどの独白は2行くらいで流して後は全部カットしており、ハムレットにちゃんと見せ場の台詞を言わせてあげないので、せっかく若くて可愛らしいハムレット(初舞台らしい)なのにあまりに台本的に冷遇されててかわいそうになった。

 わかりやすくするためだと思うのだが、カットと変更を組み合わせたせいでかえって話がおかしくなっているところがある。たとえばハムレットが劇団を迎えるところで「劇団のことをよく知らないからちょっとパフォーマンスしてくれ」と言ってそこで一座の宴会芸みたいなのが始まるのだが、なんとその後、ハムレットが芝居をよく知らないくせに芝居を使ってクローディアスを陥れようと考え、すごい速さでオリジナル台本を書くという展開になってしまう。これはいかにもおかしい…というか、原作ではハムレットはすごく芝居が好きで、もともと存在する見たことのある芝居に手を入れて上演させるという展開で、こっちのほうがずっと自然だと思うのだが、なんで変えたんだろう。

 一番ひどいのは岐阜のフォーティンブラスが名古屋に攻め入ろうとしていることだ。原作では、フォーティンブラスはデンマーク侵攻をやめてポーランドに攻め入ることになっている。ところがこの上演ではポーランドにあたる場所がなくなり、フォーティンブラスが名古屋に攻め入ろうとしているところで外国に向かうハムレットとすれ違うという話になっている。自国が攻められそうだというのにハムレットがのうのうと外国に向かうのはおかしいし、最後にハムレットがフォーティンブラスに王位を譲るところも、これでは簒奪者に敗北したということになってしまうから話としてものすごくおかしい。全体的に、「わかりやすく」しようとしたせいで話の筋道が無茶苦茶になっている(ちょっと紀里谷ハムレットを思い出した)。

 さらにカットしまくりのくせにアイドル歌謡や宴会芸みたいなものが入っており、歌のクオリティは別として(単独で聞けば悪くないかもしれんが)ご丁寧に芝居の流れを阻害するようなところで入ってくるので、あれは全部要らない。とくに「尼寺の場」では最初にハムレットとオフィーリアが歌い交わすのだが、ハムレットがオフィーリアに不信感を募らせていくあたりの台詞がかなりカットされており、直後にハムレットが「尼寺へ行け」とか怒り出すので、ハムレットが異常に情緒不安定な人に見えて、さっきまで歌ってたのは何なんじゃという気分になってしまう。あと、劇中劇のミュージカルのところはキーがあってないのか何なのか、なんかものすごく調子っぱずれでどうしたのっていう感じだった。

 

 そういうわけで、せっかく女優陣は頑張って演技をしているのに、台本がひどいせいで全く「ガチでお芝居」にはなっておらず、アイドルファンだけに向いたショーになってしまっている。そもそもシェイクスピアは「やらせて頂く」ようなもんじゃない。みんなのシェイクスピアなんだから、誰でもできる。でもこのプロダクションは向いている方向が特定の観客だけなので、みんなのシェイクスピアではない。