サイモン・ゴドウィン演出『ハムレット』(ネタバレあり、メモ)

 文化村シアターコクーンでサイモン・ゴドウィン演出『ハムレット』を見てきた。これは劇評を書くかもしれないので、要点をメモだけ。

 

・真ん中に監視塔があり、回転するセットを使っている。デザインは北欧がモチーフらしいが、来ている衣服や小道具などのせいで和洋折衷のレトロモダンみたいな感じに見える。岡田将生演じるハムレットは書生っぽいし、黒木華演じるオフィーリアは北欧の貴婦人というよりは華族令嬢みたいだ。

・王の亡霊は監視塔に現れる。冒頭では光と音で示されるだけ。

・私が今まで見た『ハムレット』の中でもかなり主役の2人の精神の健康状態が悪い。岡田将生ハムレットは芝居が始まる前から深刻な双極性障害になっているようで、最初の独白の「神が自殺を禁じていなければ…」のくだりでリストカット痕だらけの両手に巻いた包帯を見せるし、「生きるべきか死ぬべきか…」の独白では監視塔にベルトを吊して首を吊ろうか考えているようなそぶりを見せる。劇中で何度も自殺願望がほのめかされるので不安になる一方、ポローニアスなどとのやりとりは躁状態に見える。

 オフィーリアも最初は明るかったのだが父が亡くなった後は完全に狂気に陥ってしまっており、ふつうならば花を配る場面では自分の髪の毛を抜いて配るという鬼気迫る演出が行われている。リストカット癖のハムレットもそうだが、オフィーリアの狂気も自傷に向かっている。

 全体的にこの若い2人の心の病気の描写が妙にリアルというか、大陸系のハムレットなんかによくあるパワー系の狂気の演技ではなく、昨日まで職場や学校に来ていた若者が心の病気にかかってみるみる悪化したみたいな感じなのが不穏である。

・オフィーリアと父ポローニアス(山崎一)の関係が非常に良好である。最初の会話の場面でもポローニアスはオフィーリアとハムレットの恋のことを本気で心配しているみたいだし、尼寺の場の後、ハムレットにひどいことを言われたオフィーリアに対してポローニアスがかなり強く気遣うそぶりを見せるところは父親としての優しさがあらわれている。

・劇中劇では黙劇がカットされている(これはよくある)。また、王妃と甥が最初から不倫している設定になっている。ふつうの劇中劇では、甥と王妃が王の生前から不倫しているということは明示しない演出が多いと思うので、ここはちょっと変わり種だ。

・ガートルード(松雪泰子)がかなり若くて美しい母親で、政治的にも王妃としての威厳を大事にしている感じである一方、ちょっと手があくとお酒を飲んだりしていて、心労が多そうに見える。

・最後にフォーティンブラスが入ってくるところ、武器を振り回して入ってくるのでは侵略になってしまうのであまりよくない(内心の敵意はあるにせよ、形の上では挨拶に来たんだから、あそこまで暴力的な感じで入ってこないほうがいい)。

・イギリスから演出家を呼んで北欧っぽいデザインも取り入れているにもかかわらず、全体的にはかなり和風というか、現代日本における若者の心の病気や鬱屈を思わせるような演出になっているところが面白い。役者の資質のせいで思わぬローカライズが起きている感じがする。このあたりのバランスはけっこう見ていていいと思った。