正攻法で優しさと暴力を描く~ストラトフォード・フェスティヴァル『ハムレット』(配信)

 ストラトフォード・フェスティヴァルの『ハムレット』を配信で見た。2015年の上演で、アントニ・チモリーノ演出である。

 

 衣装は19世紀の末から20世紀初頭くらいだと思うのだが、場所も時代も意図的に少しぼかされているような印象だ。全体的に暗い色調で、眩しい照明なども使っておらず、これはとても憂鬱そうなハムレット(ジョナサン・ゴード)の醸し出す雰囲気によくあっている。全体としてはあまり奇をてらわない丁寧な演出でしっかりまとめられている。

 このプロダクションはハムレットのキャラクター作りが大変良い。ジョナサン・ゴードのハムレットは父親の死のせいで本当にショックを受けている心の優しい王子なのだが、一方で機嫌が悪いと暴発したり、調子がよい時はユーモアを発揮したり、複雑性のあるキャラクターになっている。面白いのはクローディアスのお祈りのところでハムレットが剣ではなく長い銃を持って登場するところで、クローディアスの頭の後ろに立って狙って撃つかどうか迷う場面はかなり緊張感があり、また銃身のぶんだけ距離をとらないといけないのでわりと独白をするハムレットの表情がクローディアスと離れたところで見えやすく、これはけっこう視覚的に良い演出なのではないかと思った。全体的にはエネルギーよりも優しさや哲学的な思考が中心のハムレットだと思うのだが、亡霊に出会って取り乱す場面や最後のフェンシングの場面はかなり激しく、メリハリをつけて盛り上げている。

 周りを固めるキャストもとてもよく、とくにポローニアス一家の描き方が繊細だ。この上演のポローニアス(トム・ルーニー)はかなり優しいが押しつけがましいところもある父親である。序盤でレアティーズが出発した後、ポローニアスがオフィーリア(エイドリアン・グールド)のヴァイオリンの伴奏で歌を歌うところがあるのだが、ここでは例のオフィーリアが狂気に陥った時に歌うヴァレンタインの歌をポローニアス自身がけっこう上手に歌っている。譜面台にはヴェルディの『椿姫』の楽譜がのっかっており、この父娘は2人とも音楽好きで、さらに恋に破れた悲しい女の物語が好きらしいということが示されている。このプロダクションでは、ポローニアスは昔芝居をやっていたことを覚えているのか、わりと芸術的なこだわりを持っている人物だ。最初にヴァレンタインの歌が出てくるせいで、狂気に陥ったオフィーリアがヴァレンタインの歌を歌うところでは父親をしのんでいるということがよくわかるようになっている。一方でポローニアスには娘を心配するあまり過保護なところがあり、この過保護で人の行動に口を出したがるうるさいところは兄貴のレアティーズ(マイク・シャラ)にも完全に受け継がれていて、オフィーリアに注意をする時のこの2人の様子は結構似ている一方、レアティーズのほうが若いせいでちょっと大げさなところがあるように見える。この3人は非常にまとまりと絆のある家族に見えるよう提示されているので、家族を失ってショックを受けるオフィーリアやレアティーズの様子にとても説得力がある。とくにオフィーリアの埋葬のところで、レアティーズが出発の時に妹にもらったスカーフを墓場にこっそりおさめるところは家族の情愛がよく出ている演出だ。

 ただ、全体的に画面が暗いこともあり、プロダクションの魅力を引き出す撮り方になっているかというとちょっとそうとも思えないところがあった。暗い上にスモークなどが使われているところもあり、家の画面で見るとやや動きがとらえにくいところがある。とくにハムレットと亡霊が会うところはかなりホラーっぽい演出がされているようなのだが、かなり暗いところで表情を撮るためカメラがすごく寄るので全体の雰囲気がとらえにくい。さらにここではどうもハムレットが何か舞台上の構造物に登っているようなのだが、たぶんライヴだともうちょっと見えるのではないかと思うのだが、映像だとどういう形のものに登っているのかよくわからない。