突然のスティーヴ・ハーリー&コックニー・レベル~『お名前はアドルフ?』(少しネタバレあり)

 ゼーンケ・ヴォルトマン監督『お名前はアドルフ?』を見てきた。

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 タイトルから推測できそうな話だが、ドイツのボンを舞台に、家族の集まりで弟トーマス(フロリアン・ダーヴィト・フィッツ)が生まれてくる息子にアドルフという名前をつけると言ったことから始まる家族の大論争を描いた作品である。アドルフはヒトラーの名前なのドイツではとても不人気で、とくにトーマスの義理の兄シュテファン(クリストフ・マリア・ヘルプスト)は猛烈に反対する。これだけで1本の映画になるのか…と思いきや、途中から家族のケンカがエスカレートして、あまり子供の名前に関係ない、いろんな家庭内の問題や不満がブチまけられる。

 

 いくつかの回想場面やエピローグを除いてほぼひとつのセットでできる展開といい、家族間の会話で成り立っていて笑うところがたくさんあるところといい、とても舞台劇っぽい。原作は舞台劇で、監督も舞台出身だそうで、映画じたいも非常に演劇的な雰囲気を残した作りになっている。歴史認識をめぐる問題から家族間の反目が露わになるとかいうのも、わりと家庭劇が得意とするような主題だと思う。ネタバレになるのであまり詳しくは言わないが、そもそも事の発端はトーマスとシュテファンの互いに対するライバル心で、一方でトーマスの姉でシュテファンの妻であるエリザベト(カロリーネ・ピータース)は夫に大きな不満を抱えており、さらに温厚そうなレネ(ユストゥス・フォン・ドーナニー)が一番大きな秘密を持っていて…という流れになる。

 この映画は基本的には歴史認識から始まって家庭の問題に至るものなのだが、セクシュアリティについてもなかなか諷刺的な展開がある。レネのことをみんなゲイだと思っていたのだが、実は…という終盤の流れは、映画でよくある(そしておそらくドイツだと日常生活でもあるのであろう)ステレオタイプなゲイ受容をけっこう痛烈に皮肉ったものだ。レネは非常に態度がソフトで、衣類の趣味がちょっとキャンピーなので皆からゲイだと思われているのだが、そもそもこの一家はけっこうそういうことに対してはリベラルなのでレネのことを当然ゲイなのだと思っていたら実は違った、ということになる。ソフトでオシャレな男性がいたらゲイだと思ってしまうという男らしさに関する偏見を突いたプロットだ。

 なお、最後にスティーヴ・ハーリー&コックニー・レベルの'Make Me Smile (Come Up and See Me)'が主題歌みたいな感じで流れるのはちょっとビックリした。この歌は70年代イギリスのグラムロックの名曲と言われているものだが、メロディはすごくポップなのに歌詞がけっこう皮肉である。映画の後味にはよく合っているかもしれない。