よくできた話だが、個人的にはあまり…『落下の解剖学』(試写、ネタバレあり)

 ジュスティーヌ・トリエ監督『落下の解剖学』を死者で見た。

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 雪深い山奥の山荘でサミュエル(サミュエル・タイス)が転落して死亡しているのが見つかる。死体に最初に気付いたのは視覚障害のある息子ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)であった。バイセクシュアルである妻ザンドラ(ザンドラ・ヒュラー)に容疑がかかるが、裁判は紛糾する。

 全体的にヒッチコックっぽいスリリングな法廷スリラーである。登場する役者陣の演技もよく、タイトでよくできた作品だ。フランス語圏に住んでいるドイツ人であるザンドラが言語を切り替えるタイミングはちょっと『別れる決心』を思わせる。ただ、個人的には私は子どもの視覚障害と犬に関するところがあまり趣味ではなく、そんなに面白いと思わなかった。

 まず、子どもが事故で視覚障害になったことをプロットデバイスみたいに使っているところがそんなに好きではなかった。ダニエルの事故の詳しいことがらについてはあんまり深く突っ込んだ描写がないのだが、それでもこの事故が夫婦関係に大きな影響を及ぼしたような示唆があり、さらには視覚障害のあるダニエルが証言を行うことが大きなポイントになっている。好き嫌いの問題だが、私は障害をプロットを回すポイントにするだけでその経緯などをそんなに明確に描かないこういうやり方がそんなに好みではない。また、ザンドラが裁判で息子のことについて、自分は息子を障害者と思っていない、障害者だとからわれると自分らしくなれないから…みたいなことを言っているのだが、この障害をとてもネガティブなものとしてとらえるザンドラの態度はそこまで問題視されずに提示されていると思う。障害のこういう捉え方もなんかあまりなぁ…と思った。

 ふたつめにあまり良いと思えなかったのが犬まわりの描写である。一家には愛犬スヌープがおり、このスヌープを演じるボーダーコリーのメッシはメチャクチャ可愛いし芸達者なのだが、スヌープをめぐる展開がちょっと犬を飼ったことがある者としては甘いような気がする。サミュエルが薬をのみすぎて吐いた時のことについて、ザンドラは誰にも気付かれないよう錠剤まじりの吐瀉物を全部こっそり片付けたと言っているのだが、ダニエルはたぶんスヌープが吐瀉物を食べてしまったので具合が悪くなったというような証言をしている。汚い話で恐縮だが、犬は意地汚い生き物で、ゲロとか汚いものがそのへんにあっても何でもペロっと食べてしまうので、スヌープが吐瀉物を食べたならザンドラが薬の残りを発見できたか怪しいもんだと思うし、少なくともザンドラがおかしいと思うくらいは吐瀉物が減っていたはずで、誰にも気付かれないようこっそり片付けたという証言にはならないと思う。ザンドラかダニエルかどっちかがウソをついているのじゃないかと思うし、裁判でもツッコまれるんじゃないかと思うのだが、そこについて作中でツッコンでいる人が誰もいない(これは検索したら英語圏の犬を飼っている人も同じようなことを言っていたので、たぶん意地汚い犬を飼ったことがある人ならわりとおかしいと思うところだと思う)。その後でダニエルがやる危険な実験も含めて、犬の生態を少し軽く見ている展開のせいでちょっとプロットの説得力が減っている気がした。