あの子のルーツはどこにある~『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』(少しだけネタバレあり)

 ライアン・ジョンソンの新作『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』を見た。

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 アガサ・クリスティのオマージュみたいなお屋敷ミステリである。老いたミステリ小説家のハーラン・スロンビー(クリストファー・プラマー)が突然亡くなり、遺産を目当てにした遺族たちがニューイングランドの立派なお屋敷に集まってくる。そこに匿名の依頼主から依頼を受けた探偵ブノワ・ブランク(ダニエル・クレイグ、字幕では「ブラン」になってたがたぶん「ブランク」っていう発音のほうが近いと思う)がやってきて調査を開始。さらに、遺産が全額、遺族ではなく専属看護師だったマルタ(アナ・デ・アルマス)に行くことになっていることがわかり、屋敷は大騒ぎに…

 

 古典ミステリのパロディみたいな大仰な展開に、芸達者な役者たちが集まって楽しそうに演技で大暴れするという内容で、ミステリ好きならたまらない感じの話である。コンセプトとしては『ヘイトフル・エイト』にかなり近いと思うのだが、あれよりもずっとストレートなミステリだ。ミステリのお約束を全部理解した過剰な群像劇という点では『ゴスフォード・パーク』にも似ている。

 探偵のブノワはフランス系の名前で、不遇な女性被疑者に優しくするあたりなどは明らかにポアロを下敷きにしていると思うのだが、ポイントはポアロみたいな外国人ではなく、南部出身者だということだ。私の感覚ではかなり聞き取りづらいアクセントでしゃべっているのだがあれはアメリカのアッパーサウスのケンタッキーあたりの訛りらしく(途中でバカにされている)、これによってブノワがニューイングランドでは相当なアウトサイダーだということがわかるようになっている。ステレオタイプにならないようにちょっとひねってあるのは、南部の田舎出身であるブノワのほうがはるかに移民などに偏見がなく、ニューイングランドのエリートたちのほうが排他的だというところだ。トニ・コレット演じるジョニなんかはライフスタイルグルで、たぶんグウィネス・パルトロウなんかを皮肉っているのではと思うのだが、一見おおらかそうなのに実は全然、そうではない。長年、キャプテン・アメリカとしてアメリカの良心の鑑みたいな役をつとめてきたクリス・エヴァンズがドラ息子のランサムをリラックスした感じで演じていて、いい役者を使ってひねったことをしようという意図が見えるキャスティングだ。

 ちょっと面白いのは、移民の娘であるマルタのルーツがどこなのか、おそらくスロンビー一族の人たちは全然、理解していないということだ。マルタのルーツはウルグアイとかパラグアイとかブラジルとか、人によって説明が完全にバラバラで、マルタはそれを一切、訂正しない。たぶんこれはアメリカ人の自国中心的な地理理解がメチャクチャで、寛容を訴えるにせよ排外主義を唱えるにせよ、結局アメリカ人はどういう国から自国に移民が来ているのか、また知り合いの移民がどういうルーツを持っているか、ちゃんと真摯に学ぶ気がないという皮肉なんだろうと思う。