ナン・ゴールディンの薬害問題との戦いを描いたドキュメンタリー~『美と殺戮のすべて』(試写)

 『美と殺戮のすべて』を試写で見た。タイトルからはよくわからないが、写真家のナン・ゴールディンに関するドキュメンタリー映画である。

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 姉の死やクィアコミュニティとのかかわりに根差した芸術活動、セックスワークで苦労した話など、ゴールディンの人生の話が語られる一方、大きな主題はオキシコンチンの薬害に対する抗議活動である。オキシコンチンオピオイド系の鎮痛剤だが依存性があり、多数の犠牲者が出たため販売元のパーデュー・ファーマ社が訴えられる事態となった。自らもこの薬害の被害者であるゴールディンは、パーデュー・ファーマ社を創業し、美術パトロンとしても有名なサックラー一族に対してアートを用いた抗議活動を行った。犠牲者の証言は非常に悲惨なものが多く、一応補償金が支払われてパーデュー・ファーマ社もなくなったとはいえ、死んだ人は帰ってこないし、サックラー一族はいまだにこの薬を売ったお金で大金持ち…ということで、なかなかやりきれないもののとりあえずは前に進もう、という終わり方になる。

 私はナン・ゴールディンの作品とかに全く詳しくないのだが、予備知識が全然なくてもきちんと理解できるように作ってある。ゴールディンがいろいろつらいことを乗り越えてとにかく行動的に芸術家として執拗とも言えるくらい粘り強く薬害問題に立ち向かう姿は、芸術が不正なお金で支援されているのを見過ごせないという厳しい倫理観に基づくものだ。見ていてけっこうキツい作品だが、骨太でよくできたドキュメンタリーである。