私は全然、好みではなかった~『あんのこと』(試写)

 入江悠監督作『あんのこと』を試写で見た。

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 小さな頃から母親に虐待され、売春を強要された後に覚醒剤依存症になった杏(河合優実)の壮絶な生涯を描くものである。杏は逮捕された後に警察の多々羅(佐藤二朗)に助けてもらい、元依存症患者の互助組織に入り、薬をやめて社会復帰をしようとする。ところが新型コロナウイルス感染症の影響で仕事に行けなくなるなど、さまざまな問題が杏の生活建て直しを阻んでいく。

 新聞の三面記事にのった実話をヒントにしているそうである(具体的にどういう記事なのかは明らかにされていない)。新型コロナウイルス感染症の流行によって社会のどういう人がしわ寄せをくらったかについての真面目な作品で、とにかく杏の人生が悲惨である。母親がとんでもない人物で杏をひどく虐待するのだが、杏はろくに学校にも行かせてもらっていないせいで虐待に対抗することができない(「それとりあえず警察呼ぶよね?」と思うようなところでも警察を呼ぶとかいうような発想がない)。杏を演じた河合優実は大変良かった。

 ただ、2つくらいの理由で個人的にあまり好みではなかった。まず、こういう「実話をヒントに監督が描きたいことを描く」みたいな日本映画は私は好きではないということがある。ふたつめは性暴力の描き方で、多々羅がやっていた悪いことを新聞記者の桐野(稲垣吾郎)が報道したことについて、終盤で桐野がなんとなく自分が報道したのが悪かったのでは…みたいなことを言うくだりがあるのだが、どのくらい実話をもとにしているかはともかく、実話にしてもこういう描き方はないと思うし(性暴力がこれまでもみ消されてきた経緯をそのまんま反省なしに繰り返しているみたいな印象を受けた)、実話でなくて何か脚色してあるならひどい脚色だと思う。性暴力がプロットを前に進めるためだけに出てきているみたいな感じで、性暴力じたいを問題にする視点があまりない作品だと思った。