大人のためのテニプリミュージカル的な…『チャレンジャーズ』(ネタバレあり)

 ルカ・グァダニーノ監督の新作『チャレンジャーズ』を見てきた。

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 幼なじみのテニス仲間であるパトリック(ジョシュ・オコナー)とアート(マイク・ファイスト)は、女子選手の中でも飛び抜けた有望株である魅力的なタシ(ゼンデイヤ)に憧れていた。タシは試合で勝ったほうに電話番号を教えると言い、パトリックが勝利してタシと付き合うようになるが、タシが大ケガをしたことをきっかけに別れてしまう。数年後、タシはアートのコーチ兼妻となっていた。

 予告からするとゼンデイヤ演じるタシが昔ながらのファム・ファタルみたいな感じだが、実際に映画を見てみるとかなり新しい感じのひねりがあり、全員がけっこう腹黒い…というか、みんな身勝手な策略をめぐらすタイプである。見え見えの策略でタシと付き合いたい気持ちをちらつかせるアートはまだ正直なもんで、その甘さがカワイイと言える気がする…のだが(全体的にアートが一番、素直に頑張るアスリートという感じがする)、タシは人生の全てがテニスの試合に収斂するような独特の世界観を持っている野心的な女性だし、パトリックはあまり人生がうまくいっていないのに微笑みとカリスマで人をたらしこむのだけはうまい色男である。ゼンデイヤがセクシーすぎてくらくらしてくるが、タシのお色気は頭脳のおまけみたいなもので基本的には頭が武器なのに対して、とにかく自分のお色気そのものによって人生を切り開こうとしているのはどう見てもパトリックのキャラクターのほうなので、正直、この映画で一番「運命の男」なのはジョシュ・オコナーじゃないかと思う。全体的に、アートとタシの間には協力的な関係が見えることはあってもあまりセクシーなテンションが無いのだが、一方でパトリックとタシの間には常に性的な緊張感があり(これは映画の中の台詞で言っているのだが、なんでもパトリックはデカチンらしいしたぶんセックスが上手い)、パトリックはセックスを武器にしているところがある。運命の女の話かと思ったら運命の男の話でした…というふうになる展開はちょっと『別れる決心』に似ているかもしれない。

 そしてこの映画が非常にクィアなのは、このタシを挟んだアートとパトリックの関係である。パトリックは中盤のマッチングサイトの場面で相手を女性に限っていないので、たぶんヘテロセクシュアルではないのではないかと思う(泊めてくれる相手なら誰とでも寝るのかもしれないが)。序盤からタシはこのふたりに対して家庭を壊したくないとか言っており、アートとパトリックの間に双方を求める奇妙な親密性があるのは明らかだ。途中のチュロスをとりあいながら食べる場面は『君の名前で僕を呼んで』を思わせる、食べ物を使ったエロティシズム表現である。明確な性的欲望として出てきているわけではないのだが、このふたりは双方を欲している。同性愛と言い切れるわけではないが異性愛と言い切れるわけでもない、グラデーションの微妙に逸脱したセクシュアリティをけっこうリアルに描いているという点で、この映画のクィアさは『ソルトバーン』にちょっと似ていると思う。

 このクィアな三角関係が炸裂するのが終盤の試合の場面である。テニスコートの床が透明になってその下にカメラを置いて撮っている…みたいなショットがあったり、撮影も編集も役者3人の演技も極めて手が込んだもので、何もしていない場面でも物語があるように撮られている。そして最後は「こんなのありかよ!」みたいなお客さんの期待を裏切るハッピーエンドになって終わる。初っ端から笑うところがたくさんあって、全体的にキャンプでちょっとダークなコメディみたいな感じもするのだが、このラストは映画館で爆笑が起こっていた。テニスをやっている人は怒らないのか…と思ったが、テニス経験者にはこれまでのテニス映画では相当にリアルなほうだということで好評らしい。この最後の試合の展開はなんか大人のテニプリミュージカルを見ているみたいな大げさなキャンプさがあり、芝居がかったところとリアルさのバランスが絶妙である。