ポッシュな人たちが怖がるもの~『ソルトバーン』(配信、かなりネタバレあり)

 エメラルド・フェネル監督『ソルトバーン』を配信で見た。

Saltburn

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  • Barry Keoghan
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 舞台は2000年代半ば頃のオクスフォードである。奨学金をもらって進学してきたオリヴァー(バリー・キョーガン)は、エリートばかりの環境になかなかなじめない。ところがひょんなことからオリヴァーは上流階級の息子フェリックス(ジェイコブ・エローディ)と親しくなる。オリヴァーはフェリックスの両親が所有する巨大な屋敷であるソルトバーンに招かれ、そこで夏を過ごすことになる。

 『回想のブライズヘッド』+『太陽がいっぱい』+ジョゼフ・ロージーの映画(『』とか『召使』)みたいな感じのお屋敷スリラーである。監督が『プロミシング・ヤング・ウーマン』のエメラルド・フェネルなのでけっこうなひねりもある。ひねりについては、中盤のやつはともかく、最後のは私はむしろ前作よりすっきりしていいのではと思った。

 この映画は相当クィアである。そもそも主人公のオリヴァーは男女両方に対してセックスを楽しいことではなく道具としてしか考えておらず、誰にでも色仕掛けで近づくのだが(たぶんそれがものすごい美男の俳優ではなくバリー・キョーガンなのが面白いのだと思うのだが)、必ずしも他人との肉体関係を欲求していないので、よくある枠組みで切り分けられるようなセクシュアリティを有していない。それなのにフェリックスのことは激しく欲望している。オリヴァーは通常の恋愛規範から激しく逸脱しているという点において大変にクィアである。この観点から見るとこの映画はめちゃくちゃ面白く、クィアな欲望がいろいろな秩序を転覆させていく様子をダークなユーモアたっぷりに描いている。

 一方でこの映画は階級についてはそんなに深くツッコンでいない。これはかなりポッシュな人がスタッフにいるな…と思って見ていたのだが、どうも監督のフェネルが宝石デザイナーの娘で、イングランドでもトップクラスに学費の高いパブリックスクールを卒業してオクスフォードに進んだそうで、なるほどな…と思ってしまった。というのも、オクスフォードやソルトバーンの上流階級の描写については解像度が高いのに、オリヴァーが平凡なミドルクラスの家庭出身なのに貧しい崩壊家庭出身のフリをしているあたりの描写の解像度があんまり高くないと思うのである。オリヴァーはマージーサイド出身だと思われるのだがしゃべり方がそんなにマージーサイドっぽくなく(このよくわかんないアクセントはバリー・キョーガンにとって今後の賞レースで不利に働くであろうポイントだとのこと)、上流階級に近づこうとしているオクスフォードの学生という設定なら半端にアクセントを入れないほうがいいのではないかと思った。あと、ソルトバーンはノーザンプトンシャのドレイトン・ハウスで撮ったそうで、そこからプレスコットまで車で行くと3時間くらいかかるのだが、ちょっとオリヴァーが自分たちがプレスコットに向かっていると気付くタイミングが遅すぎないかな…とも思う。

 全体的にこの映画は階級諷刺ものにしては上流階級をバカっぽく書いておらず、カットン一族は浮世離れした妙な人たちではあるものの、ものすごいバカとかものすごい悪党ではない。ヤバいのはオリヴァーであり、これは「上昇志向の強いミドルクラスの若者がワーキングクラス出身のフリをして悪巧みで上流階級を乗っ取る」という、イギリスではなかなかあんまり見かけないタイプのお話である。たぶんワーキングクラスの崩壊した家庭出身だというフリをしたほうが可哀想に思ってもらえて上流階級の慈善心に訴えやすいということがあるからなのだが、ひょっとしたらミドルクラスの若者がわざと「自分、恵まれてないんで」みたいなフリをする風潮をからかってもいるのかもしれない。そうだとするとこの映画はミドルクラスを上流階級を崩壊させ、ワーキングクラスの文化を乗っ取る悪の根源みたいに描いていて、はあ、ポッシュな人たちはそういうのが怖いのか…と思って見てしまった。意外と上流階級に対して優しい…というか、階級諷刺としてはぬるい映画である。