人間を人間らしく扱わない難民政策に対する激烈な批判の映画~『人間の境界』

 アグニエシュカ・ホランド監督『人間の境界』を見てきた。アイルランドでは日本よりも1ヶ月以上遅れて公開である。

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 ベラルーシからEU圏であるポーランドに国境を越えて亡命しようとするシリアの難民一家を中心に、国境警備隊員や難民支援活動家の様子を交えて国境地域の様子をドキュメンタリータッチで描いた作品である。抑圧的な体制の国であるベラルーシが嫌がらせとしてポーランドに難民を送り出す政策をとり、ポーランド(ここもしばらくの間、ものわかりがいいとはお世辞にも言えないような保守的な右派政権だったが)が国境警備隊員を使ってその移民をベラルーシ側に無理矢理押し返す…という過程の繰り返しが描かれているのだが、難民の人権があまりにも軽視されていて極めてショッキングである。小さい子どもや妊婦や高齢者もおり、ひとりひとり生身の人間なのにベラルーシからもポーランドからも政治の道具扱いされ、人間としての尊厳を奪われてバタバタと死んでいく。子どもたちの目からは光が失われていく。

 そんな中で、ポーランド側からもだんだん人間らしい疑いを抱くようになる人々が出てくる。国境警備隊員のヤン(トマシュ・ヴウォソク)は自分の仕事に嫌気がさしてくるようになり、妊婦である妻からも批判される。国境近くに住んでいるユリア(マヤ・オスタシェフスカ)はあまりの状況のひどさに腹をくくって本格的に難民支援活動に乗り出し、逮捕される事態になる。全体的に大変悲惨な話なのだが一応希望のある終わり方になっており、最後に難民の男の子たちが保護され、ポーランドの地元の少年少女とヒップホップという共通の趣味があることがわかり、久しぶりに若者らしい楽しい話をして盛り上がるところはほっとするような場面だ。

 イヤなことばかり起こる映画だが、モノクロの美しい映像で、とくに人間の温かい感情があらわれる場面はとても丁寧に綺麗に撮られている。全体的に非常にリアルで、かなり調査に基づいているらしい。実際に当事者だったような人たちも出演しているそうだ。ポーランドではお客さんは入ったが政府から猛反発を受けたそうで、ポーランド政府の難民政策に対する激烈な批判の映画だと言える。たしかにベラルーシの行動は迷惑だが、この映画はいくらベラルーシがヤバいことをしていようとも人間はひとりひとり人間らしく扱われるのが当然だということを強く主張していると思う。

 ちなみにこの映画はそれまでは国境警備を厳格化していたポーランド政府が、ロシアのウクライナ侵略以降はウクライナの難民に対してがらりと態度を変えたことについてもやんわり批判している(たぶん背景に人種差別・宗教差別がある)。もちろんウクライナからの難民は支援されるべきだが、本来はそれ以前から宗教や民族にかかわらず難民は同じレベルのきちんとした保護を受けるべきだったはずであり、この映画はウクライナ難民が保護されるのは大変よいことだがもっと前からきちんとやるべきだったということを示唆している。私もシリア難民について保護を求める呼びかけ活動に少し参加したことがあるのだが、その時は何の興味も示さなかった人たちがウクライナ難民については急に理解を示すのを見て、いい気なもんだと思ったことがないわけではないので、この映画の批判のポイントにはすごく共感した。