ブリットポップの束の間の夢~『オアシス:ネブワース1996』

 『オアシス:ネブワース1996』を見てきた。

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 1996年にオアシスがネブワースで行った2日間のライヴを撮影したものである。チケットを入手しようとしたファンたちの頑張りから始まり、当時どれだけオアシスが人気があったかのかがわかる構成になっている。けっこうファンにきちんと取材して当時の様子を話してもらっているところが面白く、これがイギリスの若者にとっては国民的イベントだったんだなということが見てとれる。

 オアシスのパフォーマンスも良いし、90年代半ばのまだ夢があった(もちろんBrexitなんかしていなかった)時代のイギリスのブリットポップの熱気が伝わってくるコンサート映画だ。若い頃のリアムのステージ上のカリスマがとにかく凄い。ただ、ジョン・レノンっぽいメガネっ子リアムと、もうちょっといたずらっぽくエネルギッシュなリアムの両面を見せようとして、最後の「アイ・アム・ザ・ウォルラス」で明らかに2日分のつながっていない映像を無理につなげて編集しているのはちょっと不自然だと思った。

 なお、映画の中では私がいつもすごく気になっている「オアシスの歌詞がへんちくりんすぎる問題」もとりあげられている。何しろノエル自身が認めているくらいで、オアシスの歌詞の中にはとにかく意味不明なものがある。こんなに長年歌い続けられる曲になるならもっと歌詞とかをきちんと完成させればよかったというような話が出てくるのだが、これは本音だろうなと思った。

あの池、要るかな…?吉祥寺シアターで『夏の夜の夢』

 吉祥寺シアターで『夏の夜の夢』を見てきた。鈴木勝秀演出で、演劇集団円に拠るものである。

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 二層になっていて、上にはしごなどで作った大きな木を模したようなオブジェがあるセットである。両脇には階段があり、上層階に上がれるようになっている。左前方に水たまりというか池のようなものがある。

 初日だったのでけっこうセリフが固いところがあり、とくに序盤はわりと話し方のテンポが一定しないというか、もたついたり、必要以上に早口になったりしていたところがあったように思う。とくに若い恋人たちは最初のほう、ちょっと台詞回しのリズム感があまり安定していなかった。終盤にかけて乗ってきたのか、良くなっていったと思う。

 終盤の職人劇団のお芝居は大変面白おかしく、手堅くまとめていた。全員白い衣装を着て、生演奏というか劇団メンバーがお囃子みたいに太鼓などを使っていろいろな音を出してアマチュア芝居を盛り上げるというもので、なかなか気合いが入っている。そんなに気合いが入っているのに大変な大根芝居だというのが悲しいところなのだが、頑張っているところにシーシアス(大窪晶)もヒポリタ(清水透湖)も優しい心を動かされている様子がよくわかるようになっていたと思う。ただ、恋人たちが芝居にツッコミを入れる台詞がほぼカットされており、これは笑えるとこを減らしているのでは…と思った。とくに月の口上に対するツッコミをばっさりカットしていたのだが、それなら月の台詞(ツッコミに答える形の台詞がある)も短くしたほうがいいのでは…という気がした。

 ちょっと疑問に思ったのが左前方の小さい池である。一応、象徴的な感じで使われているところもあるのだが、それ以外のところでは全然生きていない…というか、役者が動き回る時にまたがないといけないので、大半の部分では邪魔になっているだけのように見える。もっとしょっちゅう使うか、なくすか、どちらかにしたほうがすっきりするのではないかと思った。

秋の幽霊譚~『十月大歌舞伎第1部 天竺徳兵衛新噺小平次外伝/俄獅子』

 『十月大歌舞伎第1部 天竺徳兵衛新噺小平次外伝/俄獅子』を見てきた。新しくなってから歌舞伎座に歌舞伎に行くのは初めてではないかと思うので、ずいぶん久しぶりだということになる。

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 『天竺徳兵衛新噺小平次外伝』は幽霊譚である。旅に出ている間に主人公である小平次猿之助)の女房おとわ(猿之助の二役)が多九郎(巳之助)とデキてしまい、2人ではかって帰宅中の小平次を殺害するが、小平次が幽霊になって出てきて露見してしまうという話である。幽霊が出てくるところがなかなか大がかりで見栄えがする。また、小平次の妹であるおまき(米吉)が可愛らしく、かつけっこうコミカルなところも楽しめた。

 『俄獅子』は吉原が舞台の踊りで、最後は獅子も出てくる。後ろに桜?のような花があるのだが、設定では8月の夏の踊りだそうで、花とか傘とかいろいろな小道具が出てくる。なかなか華やかな演目だった。

面白かったが、映画の枠は一切、要らない~『チェネレントラ』

 新国立劇場で『チェネレントラ』を見てきた。ロッシーニのオペラで、内容は『シンデレラ』である。配信でずいぶん何回も見たがライヴでは初めて見た。演出は粟國淳、指揮は城谷正博である。

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 歌は良く、とくにヒロインのアンジェリーナ(脇園彩)がとても生き生きとしていて良かった。『チェネレントラ』はディズニーのシンデレラなどとは違っていて、ヒロインははっきりした性格だし、おとぎ話であるわりには大人のロマコメといった雰囲気もあると思うのだが、それに合ったヒロインのキャラクターになっている。他のキャラクターも要所要所で歌と笑いで盛り上げてくれて、全体的には面白かった。

 ただ、演出で映画を撮っているという枠があるのは一切、要らなかったと思う。序曲のところで、映画王が残した遺言のせいで息子が結婚しなければならないとか、監督が新人女優を発掘しなければならないとかいう設定が出てきて、そこから『シンデレラ』の新作映画を撮るというていで話が進むのだが、映画を撮っているという設定のはずなのに(驚愕のワンテイク撮影で、ずいぶん前衛的な現場だ)、その撮っている映画の中で映画王の息子が結婚を…とかいう話がまた出てくる。たぶんフェデリコ・フェリーニの『8 1/2』とかを下敷きにしているのだと思うので、虚実とりまぜて…というふうにしたかったのだろうが、単に枠の外と中がごっちゃになっているようにしか見えなくて、あまり設定として効いていない(無理に『NINE』の真似事をしなくてもいいのにと思った)。そもそもこの映画王の息子だという設定自体、要らないと思う…というか、もとのままならおとぎ話だからと言うことで納得できるものが、20世紀の映画制作をかぶせると「これも全部、所詮フィクション、撮影ですよ」みたいな感じになってむしろ虚しくなってしまうのではないかと思った。

地方自治体と国家~『ボストン市庁舎』(オンライン試写、ネタバレ注意)

 フレデリック・ワイズマンの新作『ボストン市庁舎』をオンライン試写で見た。

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 ワイズマン流のフライ・オン・ザ・ウォール(壁のハエ)方式でひたすらボストン市の行政を取り続けたもので、4時間半くらいある。市民生活のあらゆる課題が出てきており、気候変動対策の港湾強化、住宅問題、ゴミ処理やネズミ駆除などの公衆衛生、ラティンクスなどマイノリティのキャリアと雇用、ホームレス支援、銃撃事件みたいな課題の解決から、記念日に行われる退役軍人イベントやボストン・レッドソックスの優勝お祝いパレードみたいな市民の交流行事の調整まで、とにかく市が処理しないといけないことが次から次へと出てくる。これを市のトップと市民たちの意見交換を通して改善していくということで、時間も手間もかかるのだが、これこそ民主主義なんだな…と思わせてくれるところがたくさんある。

 ワイズマンの映画としては珍しく「主人公」級の人物がおり、民主党のマーティ・ウォルシュ市長の仕事を取材するという感じの作りになっている。この市長はとにかく勤勉にいろんなところに出て行って市民と意見交換しており、相当に優秀なんだろうな…と思ったら、現在は市長を辞めてバイデン政権の労働長官だそうだ。ところがこの人が市長だった頃は大統領がトランプだったので、中央政府が無能すぎ、気候変動対策をはじめとして国がロクに仕事をしないため、地方自治体が率先していろいろ市民生活を支えるための業務を引っ張っていかないといけない。休むヒマもないわけだが、この市長は自分がアイルランド系だということをとても誇りに思っているようで、マサチューセッツ州を支えてきたアイルランド移民コミュニティの一員としてその遺産を大事にしながらボストンの文化を守ろうとしている。ラティンクスの雇用イベントでは、昔はものすごい差別を受けていたアイルランド移民がいかにアメリカを作り上げ、政治参画によって力を得て差別を減らしてきたかを語っており、これはかなりアイルランド移民とボストンの歴史をちゃんと勉強していないとできない説明だと思って感心した。

 しかしながら、映画としてはかなり難しいところもある…というか、ワイズマン流の一切、説明もテロップもないフッテージがずーっと続くので、体力が必要だ。さらに私はアメリカの地方行政に全く詳しくなく、アメリカに住んだこともないので、比較的システムに馴染みがあった図書館を題材にしている『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』よりもわかりづらく感じた。しかもいろんな会議がひたすら出てきて、「これはどういう人が出席するどういう性質の委員会なんだ?」ということを会話の内容から自分で判断しないといけない…というか、大学で教えていると何で自分が呼ばれたのかよくわからない会議に出ないといけないことが多く、そういう時のことを思い出してしまってけっこうキツかった。さらに手持ちカメラで撮っているところがあって、そんなに多くはないのだが少々手ブレもあり、見ていて疲れることもある。

 ちょっとビックリしたのが、4時間以上続いた後、映画が最後に警官による国歌斉唱と市長による「ボストンから国を変えよう」というスピーチで終わることである。ここまでかなり地方自治体の自律的な運営の話だったのに、最後がちょっとエモーショナルな感じであまりにも自然に国家と愛国心につながって終わるというのは、アメリカではたぶん綺麗な終わり方なのだろうが、日本で見ていると「え、ここで国家に開かれて終わるんだ…」と感覚の違いを感じた。しかしながらこれがこの映画のメッセージ…というか、地方政府がちゃんとしてこそ国があるのであり、市民が地方自治体を通して国家に働きかけることが重要で、地方政府は市民のそうした権利を守り、環境を整備する責務があるということの表明なんだろうなと思う。

 

あまり好みではなかった~『スクールガールズ』

 スペインの映画『スクールガールズ』を見てきた。

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 1992年のサラゴサが舞台で、修道院の女学校に通うセリア(アンドレア・ファンドス)の暮らしを追ったものである。前半はわりと親友のクリス(フリア・シエラ)やバルセロナから転校してきた新しい友達ブリサ(ソエ・アルナオ)との友達付き合いが中心である。後半はセリアに対して父親や家族のことを話したがらない母(ナタリア・デ・モリーナ)との関係が中心になってくる。

 ヒロインのセリアを演じるファンドスを中心に、少女たちを演じる若い女優陣はみんな大変上手で、そこはとても良かった。ただ、全体的にエピソードが淡々とつながっているだけで盛り上がるところはなく、お話としても綺麗なオチがあるわけではない。こういう映画が好きな人がいるのはわかるし、たぶんスペインについて知識があればもう少しいろいろわかるのだろうが、あまり知識が無い者としてはソフィア・コッポラのフォロワーみたいだな…と思うだけで、あまり面白いとは思えなかった。

 

ウィキペディアに[[ネブワース・ハウス]]の記事を作りました

 ウィキペディア日本語版に翻訳でネブワース・ハウスの記事を作りました。もともとはブルワー=リットン家の屋敷ですが、オアシスやクイーンのライヴで有名なコンサート会場です。

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