ジェーン・オースティンとシャーロット・ブロンテとゾンビについて

 全然知らなかったのだが、昨日友人に「『高慢と偏見とゾンビ』という小説が出るらしいですよ」と教えてもらった。検索してみたらなんかすごいことになっている。

 高慢と偏見とゾンビ

 どうやら、原作の話はだいたいそのままで、なんかメリトンの街がゾンビに襲撃される一方でエリザベスとダーシーが丁々発止の恋の駆け引きを繰り広げるというゾンビラヴコメディらしい。映画化も予定されているらしいのだが、どう見てもB級映画か、いいとこキャンプ・カルト…


 なんか、イヨネスコの『犀』も最近『ゾンビ・ストリッパーズ』になったし(いくらイヨネスコ原作と言ってもこの作品に210円以上払う気は全く起きなかったので見なかったのだが)、どうやら空前の古典ゾンビ化ブームらしい。まあ、古典なんてほっといたらどうせ誰も読まなくなるにもかかわらず、ある時急に出てきて他人を困らせたりするので(学生時代に『蟹工船』を読まなかった人は、最近になって急にブームになったもんで読んだフリしたりしているのかも)、古典自体がゾンビっぽいと言えなくもない。それにオースティンなんか「結婚できなきゃ飯の食い上げ」という女性にとってはまるっきりホラーな状況を扱っているので、ゾンビは異性愛的秩序の具現としての結婚の象徴だとかなんとかいうことにしてホラー映画にできるのかもしれない(いや、たぶんできないとは思うが)。このぶんだと、そのうちハムレットのお父さんが亡霊じゃなくゾンビで出てくる『ハムレット』とか、荒野の怪しいSistersが魔女じゃなくてゾンビ女になっている『マクベス』とか、アテネの街が反乱軍じゃなくてゾンビに襲撃される『アテネのタイモン』とかの上演も行われるかもしれない(いや、もう既に行われてたりするのかも)。


 ところが、こういう古典ゾンビ化企画は別に最近になってからできたもんじゃなく、既に1940年代にあった。

 えーっ、この『私はゾンビと歩いた』、実はシャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』のゾンビ版翻案である。原作ではロチェスターの前妻バーサはちょっと気が変になって屋根裏に監禁されてるのだが、この映画はヒロインが雇われたハイチのお屋敷の女主人がヴードゥーの魔術にやられてゾンビになってしまうというお話である。ちゃんとヒロインとお屋敷の旦那様が結ばれたりしてて、結構原作の筋はなぞってある。意外とちゃんと作ってある格調高いホラーだし、すっごいコロニアルな感じの映画でもあるので、別に今見ても(色々な意味で)面白いと思う。ブロンテ姉妹は基本的に原作もかなりホラーだし、『ジェーン・エア』は植民地文学の要素もある話なので、ゾンビホラーになってもそこまで違和感はない。


 で、ブロンテのファンはこれを見るといいと思うのだが、私がこの映画を超おすすめするのは、実はこの映画、私がこよなく愛するマヌエル・プイグの『蜘蛛女のキス』でモリーナが言及する映画のうちの一本だからである。日本語訳では『甦るゾンビ女』とかなんとかいう訳になっているのでわかりにくいのだが、見てみるとわかるけどたしかにプイグが好きそうな映画である(つまりはキャンプテイストなメロドラマホラーである)。と、いうことで、ゾンビに敬意を表してブロンテとプイグのファンはぜひ『私はゾンビと歩いた』を見てみてください。私はあまりゾンビには詳しくないのだが、ハイチのヴードゥー魔術とかがちゃんと出てきて(ちゃんと出てきてるってことはすなわちすごい植民地エキゾティック風味だってことだが)、わりと古式ゆかしいゾンビである。