ペネロペ・クルスの魅力にあてられてアメリカ人が嫌いになる『それでも恋するバルセロナ』(ネタバレあり)

 引き続き死にそうに疲れているのだが、もうどうしても映画に行きたい気持ちを抑えられなかったので、1000円割引で『それでも恋するバルセロナ』を見てきた。


 予告編からすると面白おかしいロマンティックコメディを想像していたのだが、なんかまあ終わってみたらみもふたもない話だった。要約すると、修士課程でカタルーニャ文化を専攻しているヴィッキーと、芸術家タイプで自分探し中のクリスティーナがバルセロナで羽目を外しまくるものの、結局出国した時となんら変わらない状態でアメリカに帰る…というものである。つまりアメリカ人はなんてダメなんだ!という話であるとも言ってよい。


 どうやらウディ・アレンはヨーロッパで映画を撮るようになってからアメリカ人に対してすごい悪意を抱いているみたいで(?)、この映画に出てくる2人のアメリカ人のヒロインはまあなんかもうダメダメな人たちである。ヴィッキー(レベッカ・ホール)はカタルーニャ文化について修論を書いているのにスペイン語があまりできないらしい。修士課程ならそこまでスペイン語がペラペラでなくてもおかしくはないのだが、密かに恋しているスペイン男のフアン・アントニオ(ハビエル・バルデム)にまで英語でしゃべらせるのはあまりにもやる気がなさすぎでは…というか、カタルーニャ文化を研究しているんならスペイン語じゃなくてカタルーニャ語ができてしかるべきでは?と思うのだが、まあ外国語できないアメリカ人を地でいくタイプである。しかも修士課程に通っているのにさっぱりやる気がなく、とりあえずフィアンセはいるのだが、卒業後にどういう仕事をしたいとかは全然具体的に考えてないらしい。で、このヴィッキーはバルセロナでセクシーなフアンと恋に落ち、つまんないフィアンセに飽き足らなくなってくるわけだが、結局つまんないフィアンセと結婚してアメリカでつまんなく暮らすほうを選ぶ。

 一方のクリスティーナ(スカーレット・ヨハンソン)もヴィッキーに輪をかけてダメダメで、派手に自分探しをした結果、バルセロナで写真の才能を開花…させたのに結局アメリカに戻って写真もやめて元の木阿弥というどうしようもない人である。ヨハンセンが綺麗だしうまいからまあそこまで嫌な人には見えないのだが、やっぱりダメダメであることに変わりはない。



 これに対してスペイン勢はすんごくワイルドである。あまり将来のこととかは考えずに人生に突進する。画家のフアン・アントニオは初対面のヴィッキーとクリスティーナを、「今週末、三人でオビエドに行って観光して酒を飲んで愛し合わないか?」と全くあり得ない口説き方で誘って成功する。ところがフアン・アントニオは別れた妻のマリア・エレーナをまだ愛していて、元妻と会うたびにケンカしている。一番すごいのはマリア・エレーナ(ペネロペ・クルス)で、このフアンの元妻は絶世の美女で天才画家なのだが、ものすごい激情家で、離婚の原因も旦那を殺しかけたからだという伝説の持ち主で、寄ると触るとすぐ暴発して自殺をはかったり殺人未遂を犯したり、まあ非常識きわまりない。


 …ところが、お話が進むにつれて、どうもこの恋愛のせいでしょっちゅう刃傷沙汰をおこしまくっており、後先考えずに行動する明らかに非常識なスペイン勢のほうが、将来のことを考えながら安穏に暮らしているアメリカ勢よりも実ははるかにまともで幸せで人生について理解している人たちであるように見えてくるのが不思議なところである。世間体ばかり気にしている退屈な男と結婚することを選ぶヴィッキーや、自由人のふりしているくせに結局はスペインでのぶっ飛んだ生活に怖じ気づいてアメリカに帰るクリスティーナよりも、恋愛とか芸術に全身全霊を傾けて、後で後悔しないようその時したいことを全部やろうとするスペイン人のほうがはるかに人生を楽しむすべを知っているように見える。こういうのは一種のステレオタイプ(物質的なアメリカvs自然や美を重んじるヨーロッパ)なのだと思うのだが、普通に見ているとアメリカ人の描き方にそこまで皮肉がこもっているようには見えないのであまり気にならない(でも深読みするとすごい皮肉っぽい話であるとわかる)。


 で、たぶんこの映画でスペイン勢のほうがアメリカ勢よりもまともな人生を生きているように見えてくる一番の原因は、ペネロペ・クルスアメリカ女性たちに比べて数倍役者が上だということである。レイチェル・ホールはいかにも真面目そうな役を真面目にやっているし、スカーレット・ヨハンソンアメリカの女優にしてはちょっと退廃的なグラマーガールっぽい役もうまくできる人だと思うのだが、ペネロペ・クルスの色気と才気の前では2人ともガキも同然である。うーん、ペネロペ・クルスを主演にして、アルモドバルあたりがスペイン語シェイクスピア映画とらないかな…『アントニークレオパトラ』とか『マクベス』とか、ハビエル・バルデムと組んでやったらとても面白いと思うのだが…(シェイクスピアじゃないけど『嵐が丘』とか『フェードル』とかでもいい。)ペネロペ・クルスは古典戯曲の激情的な美女とかもきっとできる人だと思うし、アルモドバルの濃い作風は意外と古典にはまるような気がするので、ぜひやってほしい。