ケイト・ブッシュの『嵐が丘』解釈にもの申す

 ケイト・ブッシュの曲で、「嵐が丘」(Wuthering Heights)という大ヒット曲がある。

(ビデオが怖いので注意)

 もちろんこの曲の元ネタはエミリー・ブロンテの『嵐が丘』で、私は小説もこの歌もとても好きなのだが(高校生の時にこれを聴いてて母に「何サンマの『恋の空騒ぎ』の歌を聴いてるんだ」と言われてショックを受けたこともあるが)、私はこの歌にかねがね疑問があった。なぜかというと、どの解説を読んでもこの歌は「キャシーの視点から書かれている」とあるのだが、そうなると最初の二連がおかしくなると思うのである。


 「嵐が丘」の歌詞はこんな感じなのだが、第一連の"You had a temper, like my jealousy / Too hot, too greedy / How could you leave me / When I needed you / To possess you?"のところはヒースクリフが言っているとしたほうがいのではないかと思う。『嵐が丘』では、まあキャシーもヒースクリフも嫉妬深いしかんしゃく持ちなのだが、どっちかというとかんしゃく持ちなのはキャシー、嫉妬深いのがヒースクリフだろう(ヒースクリフはキャシーが他の男と結婚したのをずーっと根に持っているわけだし)。それから「いてほしかったのにいなくなってしまった」のは、キャシーが結婚した時に出奔してしまったヒースクリフを示しているともとれるのだが、この歌詞の開始時点ではキャシーは死んでいるわけなので、どっちかというとヒースクリフを捨てて勝手に結婚した上勝手に死んでしまったキャシーを責めていると考えたほうがいいのではないだろうか。


 これだけ少ない歌詞からいろいろ推測してもあまり確実なことは言えないのだが、私がそうでないかと疑っているのは、第二連の歌詞の最後で"Wuthering, wuthering, wuthering heights..."というふうに三回呪文のような繰り返しがあって、その後ちょっとメロディに変化があるので、ここまでをヒースクリフの一人語り、その後をヒースクリフの妄想世界(の中で召喚されたキャシーの亡霊が話している)と考えたほうが、歌としてはもっとホラーっぽくて面白いのではないかと思うからである。この歌はお化けソングなので(死んじゃったかつての恋人が「寒いから窓から入れてくれ…」と迫ってくる)、最初の二連を現実世界、後を妄想世界としたほうがもっと怖くないか?


 …と、いうことで、その解釈に従って歌詞をちょっと訳してみた。

草ぼうぼうの吹きすさぶ荒れ地で
俺たちは緑の茂みを転がり墜ちた
あんたはかんしゃく持ち、俺はやきもち
血の気も意地も多すぎた
どうしていなくなったんだ
独占したかったのに
大嫌いだった 好きすぎて


夜の悪夢では
俺は負けるっていうもっぱらの噂だった
俺が捨てた 
あらしがおか あらしがおか あらしがおか…


 (ト書き:ここでキャシーのお化けが登場)


ヒースクリフ 私だよ キャシーが帰ってきたよ
 ここはとても寒いから 窓の中に入れてよ
 ヒースクリフ 私だよ キャシーが帰ってきたよ
 ここはとても寒いから 窓の中に入れてよ


 暗くなって 寂しくなってきたの
 あんたとは違う側にいるから
 ひどく恋い焦がれて 運命がわかった
 あんたなしではダメだと 
 帰ってきたの、愛しい人、残虐なヒースクリフ
 私がただ一人夢見る人、私の旦那さま


 夜中たくさん歩き回って
 過ちを正すためあの人の側に戻ってきたの
 帰ってきたの
 あらしがおか あらしがおか あらしがおか…


 ヒースクリフ 私だよ キャシーが帰ってきたよ
 ここはとても寒いから 窓の中に入れてよ
 ヒースクリフ 私だよ キャシーが帰ってきたよ
 ここはとても寒いから 窓の中に入れてよ


 あんたの魂をちょうだい もぎとってやる
 あんたの魂をちょうだい もぎとってやる
 わかるでしょ キャシーだもん
 

 ヒースクリフ 私だよ キャシーが帰ってきたよ
 ここはとても寒いから 窓の中に入れてよ
 ヒースクリフ 私だよ キャシーが帰ってきたよ
 ここはとても寒いから 窓の中に入れてよ
 ヒースクリフ 私だよ キャシーが帰ってきたよ
 ここはとても寒い…」
 

 私の訳があまりうまくなくて原曲の凄艶が伝わらないのが残念だが、たぶんこれ、ジャパニーズホラーなら間違いなく最後でヒースクリフが死んでると思う(どっちかというと「吉備津の釜」みたいんだ)。


 まあ、ということで、皆さんどうぞ『嵐が丘』是非読んでください…ただ、これはちょっと私が今まで読んだ小説の中ではトップクラスに難解なので、人によってはあまりおすすめできない…難解というのは何がなんだかわからないとかいう意味ではなく、理解にあたって20代とか30代くらいではわからないんじゃないかというような大人度を要求される話だと思うので(源氏物語もそうかもしれないと思うのだが)、読んで「????!!」となってしまうかもしれない。