ウィリアム・ダヴェナント『ロードス島攻囲』〜イギリス演劇に見るブルカ問題

 ウィリアム・ダヴェナントの『ロードス島攻囲』(The Siege of Rhodes)を読んだ。これは1656年に初演された作品で、イギリス最初のオペラなどと言われている芝居である。あらすじとしては、トルコ軍に包囲攻撃されたロードス島で、シチリア公爵アルフォンソとその美しい花嫁アイアンシがすったもんだするという話で、一応最後でアルフォンソとアイアンシが和解するのだが、それでもめちゃめちゃ微妙な余韻を残す終わり方になっているあたりが面白い。


 それはさておき、私が一番面白いと思ったのは、捕虜となったアイアンシに対して、トルコの王ソリマンがヴェールをとるよう要求する、第二幕の場面である。ソリマンはトルコ人なのでイスラム教徒なのだが、アイアンシは敬虔なキリスト教徒である。顔を見せろというソリマンの頼みにアイアンシは「私の旦那様の愛しい手以外は、何ものもこのヴェールを引くことはなりませぬ」(152)と顔を見せることを拒むのだが、これを見たソリマンはこの"Christian wife"(176)の勇気と貞淑に感じ入って、最大限の礼を尽くしてアイアンシを夫のもとに返してやる(それを知ったアルフォンソがソリマンに嫉妬していじけるという、旦那の器の小ささ全開の展開に…)。


 トルコ人がボロクソに言われることの多い17世紀イギリスの芝居にしてはソリマンがえらく高潔で、あまり洗練されてはいないがアイアンシの旦那のアルフォンソよりずいぶんしっかりして紳士らしい人みたいに描かれているのも興味深いのだが、なんというかキリスト教徒の女性が夫以外に顔を見せるのを拒んでヴェールをかたくなに着け続け、それを寛大なイスラム教徒が許してやるという構造が全く今の世相と逆で面白い。フランスでは公の場でブルカを着用しないようイスラム女性に求める動きが加速しているらしいのだが、ヨーロッパ人(イギリス人だが)もたかだか350年くらい前には、舞台で既婚女性が旦那以外には顔を見せたくないからヴェールを脱がないと言い張る芝居を見て喜んでいたらしい。そう考えると、実はこの芝居は「女性を抑圧しまくっているキリスト教徒よりも、実はイスラム教徒のトルコ人のほうがだいぶ開けていた」という芝居として演出できるかも(17世紀の人がそんなふうに演出したわけはないと思うが)。


 私はブルカ問題については、着用の強要を取り締まるならともかく着用を取り締まるのはどうかと思うのだが(本人確認が必要な場合はまた別だが、そんなに女性に対する抑圧が気に入らないなら着るものをどうにかするよりはイスラム女性にもっとばんばん教育予算とか保険予算を投入すればいい。今日キングズカレッジのウォータールーキャンパスでイスラム女性デーやってて、スカーフかぶった女性たちが異文化理解を訴えてたけど、教育と健康されあれば結構いろいろなんとかなる)、この『ロードス島攻囲』は意外にタイムリーな話題を扱っているのでちょと再演したらどうかな…なかなかヤバそうなオペラだし全然お客さんが入らないと思うので、誰もやらないと思うけど。


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