フランク・キャプラはタイムレス〜『ハートブレイカー』(L'arnacoeur)

 飛行機で見たフランス映画『ハートブレイカー』(L'arnacoeur / The Heartbreaker)が意外に面白かったのだが、日本公開の予定がないみたいなので一応レビューを。アメリカ映画とかにありがちな感じのどうってことないラブコメなのだが、古典的なアメリカ映画の遺産をそんじょそこらのアメリカ映画よりもよく消化しているのではと思った。


 主人公のアレックス(ロマン・デュリス)は別れさせ屋で、ロクでもない男と付き合っている女を家族とかの依頼で誘惑して別れさせる(ただし性交渉は普通しない)のが仕事である。アレックスの話では「女性は三種類。自分が幸せだとわかっている。不幸だとわかっている。不幸だが気づいていない」で、仕事の対象となるのは三つめのカテゴリの女性。どんな女性でも対象とするが、ただし別れさせたい理由に人種や宗教がからむ場合は介入しない(←このへん、日本の興信所とかよりもずいぶん良心的なのかも)。普段自己決定権とか言っている私としてはこの設定はずいぶんパターナリスティックだなという気もしたのだが、よく考えてみると私の周りにもロクでもない男と付き合っている女性とか、ばあちゃんになるまでダメ旦那と離婚できない女性とかもいるので、なんとなくわかってしまうところが非常につらい(ロクでもない女とつきあっている男、ロクでもない女と付き合っている女、ロクでもない男と付き合っている男も同様に多いのではないかと推測されるが、そのへん私自身がロクでもない女であることもあり、経験上あまりよくわからない)。


 で、こいつはとある金持ちのオヤジから娘のジュリエット(ヴァネッサ・パラディ)を婚約者ジョナサンと別れさせてほしいと頼まれ、モナコでの結婚式を控えた二人を別れさせようとするのだが、このカップルはリッチで勤勉で申し分なく愛し合っているように見えるため、アレックス(とその姉夫婦からなる別れさせ屋チーム)はなぜ父親が別れさせを希望するのかわからず、仕事の遂行は困難を極める。


 ここからがネタバレなのだが、最後のほうになると、どうやらジュリエットは大変ワイルドな女性(映画では「休火山」と言ってた)だったのに、ロックバンドと世界を旅してた時に母に死なれて葬式に間に合わなかったためそれ以来ずっと自分を抑えていたということがわかってくる。ジュリエットはとにかく勤勉で良識のある男と結婚しようとしているが、自分もワイルドなタイプである父親は本当は情熱的であるはずの娘が大人しい男と結婚しようとしているのが気にくわず、別れさせを希望したらしい。このへんちょっとひねってあってなかなか面白いと思ったな…父親が娘の恋人を気に入らないという話はよく見かけると思うのだが、普通浮ついているから気に入らないっていう話が多くて、娘は自分に似てワイルドなはずなのに全然ワイルドじゃない男と結婚しようとしているから気に入らないっていうのはまあなかなかないと思う。「父の娘」ものとでも言うべきか。



 …で、設定を聞いた瞬間誰でもわかるように、アレックスはいろいろあってすっかり仕事のターゲットであるジュリエットに惚れてしまい、ジュリエットも最後には自分はジョナサンみたいな大人しくてつまんない男は自分にはふさわしくないタイプだと気づくので、最後はこの二人がくっついておしまいである。よくあるオチだ。


 ところが、なんとこのオチがそっくりフランク・キャプラの『或る夜の出来事』へのオマージュになっているところが非常に図々しくて面白い。式の最中、結婚の祭壇へ娘を連れて行く父親が「外に車が止めてある。逃げるなら今だぞ」と言って、それをきいた娘が結婚式を逃げ出して本当に愛している男のもとへ逃げるという構成がそっくり同じ。どうせ陳腐なラストならお気に入りの古典映画からそっくりパクってきてやろうじゃないかという製作チームの開き直りと映画愛が感じられるラストで、私は非常に気に入った。なんというかこういう「花嫁が自分で逃げ出す」ラストって、『卒業』みたいな「男が花嫁を奪いに来る」ラストよりもはるかに現代のラブコメにあってると思うのだが、やっぱキャプラはタイムレスだなぁ。


 そういうわけで思ったよりも結構面白かったのだが、これ、日本公開の予定はいまんとこないみたいんだんけどアメリカがリメイク権をねらってるらしい。このストーリーならすぐアメリカでラブコメにできると思うので、あとはキャストを誰にするかだな…