心優しく繊細なヘテロ男子諸君、どうせ君たちのほとんどはスコット・ピルグリムなんだろう?〜『スコット・ピルグリムvsザ・ワールド』(Scott Pilgrim vs the World)注意:ネタバレあり

 タイトルがあまりにも大言壮語な本日の日記の内容は『スコット・ピルグリムvsザ・ワールド』のレビューである。これは『ホット・ファズ』のエドガー・ライトの新作で、一応日本公開されるようだ。


 主人公のスコット(『ジュノー』のマイケル・セラ)はトロントインディバンドのベーシストで、冴えないヤツだがなぜかモテる。スコットは図書館で会った理想の女性ラモーナ(メアリー・エリザベス・ウィンステッド。すごい可愛い。わたしの超好み)を猛烈に口説いて付き合うことになるのだが、なんとラモーナには同盟してラモーナの恋愛を邪魔しようとする7人の凶悪な元交際相手(seven evil-exes)がおり、そいつらがどんどん新カレのスコットに襲いかかってくる。スコットはラモーナの元カレ・元カノを無事倒して理想の女性とハッピーエンドになることができるのか…というような感じの話(実はもうちょっと複雑な話なのだが、まあこんなとこで間違いはないと思う)。


 これはカナダのグラフィックノベルの映画化らしいのだが、大変ゲームっぽいビジュアルの映画である。ゲームのことはよくわからんのだが、うちがばあちゃんちにあったファミコンと数人のゲーマーとおつきあいしたときの知識から推測したことを下に書いてみると、この映画では

しょっぱなから昔のファミコンみたいなドットの画面でユニバーサル映画のロゴが出てきて、音楽もなんか昔のファミコンみたいな「ブー」っていう音質のやつが流れる。
・登場人物が初めて出てきた時には必ず名前と一緒に「○歳、バンドのドラマー」とか「○歳、スコットのルームメイト」とか、人物紹介が左側に文字で出てくる。
・擬音はたいてい文字でも表示される(電話が鳴ると"RRRRRR"とか画面に出る)。これはアメコミか?
・スコットが戦う時は敵の能力が左下に数字で表示される。
・戦いの描写がやたら派手。殴られたら屋根まで飛んだり、敵が神秘的な力を持ってたりする(純野菜食を続けてスーパーヴィーガンパワーを身につけた元カレがスコットの策略でミルクを飲まされてうヴィーガン警察に逮捕される場面は笑える)。
・スコットが敵を倒すとチャリンと音がして敵が消えてコインが出る。点数も表示される
なんでも日本のゲームやアニメ、まんがの影響がかなりあるようで斉藤慶太・翔太が片柳兄弟という双子のシンセサイザーミュージシャンとして登場し、スコットとバンドバトルをする(このシンセサイザーは特注?みたいで興が乗るとドラゴンが出てくる)。
・最後はスコットが戦いで増やしたライフ(extra life)を使って元カレの元締めみたいなやつ(ジェイソン・シュワルツマン)に再チャレンジする。


 というような、ゲームを知らない人には非常にゲームっぽく見える演出が多用されている。そこまで目新しい演出とは言えないかもしれないしたまにウザいが、箇所によっては結構面白い。


 …しかしながら私はゲームについては全くの門外女なのでそのへんはいいとして、私の面白ポイントとしてはとにかくこの「彼女の元カレ元カノが襲ってくる」という設定がうまいというのに尽きる。彼女の元の交際相手とかがものすごく気になるというヘテロの殿方は非常に多いと思うのだが、この映画で彼女の元カレ元カノが自分を襲ってくるというのはそういう彼女の過去が気になって仕方がない男性の心情を非常によく表していると思うのである。たぶん一部のヘテロ男性にとっては、どんないい元彼でも彼女と前に付きあってた男や女は全員evil-exなんだろうと思う。


 スコットが元カレ元カノと戦う様子は、殿方のそういう葛藤を思いっきりデフォルメして描いてるんだろうと思う。とりあえずスコットは麗しのラモーナを口説き落としてご満悦なわけだが、ラモーナについてたいしてよく知らないうちに元カレ①が襲ってきて、その後でラモーナが「自分には過去に7人の極悪な交際相手がいるので、あなたはそれを倒さないといけない」と告白する。まあふつうの恋愛でもこういうことはよくあるもので、彼女の元カレ(とくに会社が同じとか同じ結婚式なんかに出席したとか、彼女と同じコミュニティに属している元カレ)と突然出会して気まずい思いをしたことをきっかけに彼女のほうが過去のおつきあいについて話してくれるとかいうのは実にありそうな話だ。あと、最初のほうではラモーナが戦いにあまり手を出さないのも、実際に昔の交際相手のことで悩むのは男のほうばかりで女のほうはそんなに気にしていない(というか我関せず)ということが意外と多いことの隠喩ではないかと思う。その点、この映画は荒唐無稽なようでわりとリアルな人間観察に基づいている。
 

 で、最後に元カレの元締めみたいなギデオンという大物彼氏が出てくるわけだが、こいつはラモーナの頭にチップを埋め込んでラモーナの心を支配しようとしていることになっている。これも一見アホっぽい設定だがははぁと思った。これが意味していることは、実際は彼女の元カレとかいうのはたいした障害ではないのだが、彼女が元カレにまだ未練があったり、あるいはDV的な関係で支配されていたような時はその過去の克服は大変であるということを示してるんじゃないかな?スコットはこの元締めを倒すのにライフをもう一個使わないといけないくらい苦労し、さらに自分の人間関係についていろいろ考え直してself-esteem(自尊心)を手に入れないとギデオンを倒せないということになっているのだが、このあたりなんかずいぶんリアルだなと思った。


 …しかし、私はなぜ男性が彼女の過去のことをそんなに気にするのか全然理解できないので(さっきも言ったように前の彼氏に未練があるようだとか、DVを受けていたようだとかいうならともかく、昔のアホ話などをなぜそんなに気にするのかわかりかねる)、この映画を見てどのくらい男性客がスコットに共感するのかもあまりわからない。日本公開したら是非心優しく繊細なヘテロ男性諸君は見に行ってみてください。


 あと、ひとつ付け加えておくと、スコットの大変ふしだらで毒舌だがいいヤツなゲイのルームメイト役、ウォーレスでキーラン・カルキン(マコーレー・カルキンの弟)が出てて、これが結構笑えて良かった。スコットはウォーレスと同じベッドで寝たり、落ち込むと慰めてもらうような感じでウォーレスとは親友なのだが、うちが思うにスコットはアメリカ映画史上初のファグ・スタグ(fag stag、ゲイの男性とつるみたがるストレート男をさすスラング)なんじゃないかな…