イメルダ・スタントン主演!『スウィーニー・トッド』〜万人向けではないが面白い

 アデルフィ座で『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』を見てきた。イメルダ・スタントンとマイケル・ボール主演で、音楽はステーヴィン・ソンドハイムである。映画のほうを見た方も多いと思うし私も見たのだが、舞台のほうは1979年に初演されたもので、話のほうはもっとずっと前からあるロンドンでおなじみの都市伝説である。ちなみにフリートストリートはロンドンのどまんなかにある通りでうちのカレッジもそのへんにある。

 とりあえず音楽のほうだが、映画見た時にキャッチーで覚えやすい旋律がない、と思ったんだけど、舞台できくとやっぱりこれ音楽すごい複雑だなと思った。歌いやすかったり覚えやすかったりすることよりも台詞が自然に歌になるのを重視しているみたいで、オペラのレチタティーヴォみたいなのがえんえんと続くので、話は追いやすく、魅力もあるが、音楽は覚えにくい。そしてこういう台詞がすぐ歌になる独特のリアリティ表現は映画よりも舞台のほうが効果を発揮するなと思った。若干、サヴォイオペラみたいな雰囲気もあるし…

 まあストーリーは皆様ご存じだと思うのだが、ヴィクトリア朝を舞台にした血まみれメロドラマホラーである。無実の罪でオーストラリアに流され、妻と娘を悪徳判事に奪われた理髪師スウィーニー・トッド(もとの名はベンジャミン・バーカー)がロンドンに戻って世間に復讐を誓い、パイ屋の女主人でトッドに惚れているラヴェット夫人と組んで人肉パイ屋を営業しつつ復讐の機会をうかがう…という話。時代物ホラー風味を狙った意識的にチープな味付けをしてあるし、ブラックユーモアも満載なのだが、基本的には「運命のいたずらと復讐」ということでそれこそギリシャ悲劇の時代からあるようなオーソドックスなテーマを扱ったものである。『タイタス・アンドロニカス』みたいな残虐ルネサンス芝居の影響も強そうだ。ただ、舞台で見ていて気付いたのだが、この作品、トッドが生き別れた娘ジョアンナに自分が父だと面と向かって明かす場面がないんだよね…ここちょっと「開示」による話の回収がないのでプロットとして問題があるんじゃないかと思ったのだが、古典的なメロドラマの枠にはまるのを嫌ってわざとそうしたのかな?

 で、とりあえず主演の2人の演技が素晴らしいので安心して楽しめた。マイケル・ボールのトッドは悲劇的な凄味があって、どこにでもいる男がだんだん連続殺人犯になっていくという素っ頓狂な展開なのにとても説得力があり、フッと人間味を見せるあたり本当にうまいと思った。よくのびる低音の歌声も魅力がある。あと、私が今回お目当てにしていたイメルダ・スタントンはやっぱりすごい。初めて生で見たのだが、まあ歌はボールほど上手じゃないもののとてもコミカルで笑いは全部もってっちゃうし、色香が衰え始めたワーキングクラスの女のたくましさと可愛らしさ、狡猾さと単純さの微妙な表現が遠くからでもよくわかる。とりあえずあんだけ怖いし一見そこらのおばちゃまなのになんか可愛いとか、なかなかできないなと思う。映画版だとヘレナ・ボナム・カーターだったけど、ああいうもともとそこそこ器量がよくて顔もなんかただ者じゃなさそうな女優さんよりも、イメルダ・スタントンみたいに一見器量が地味で愛想もよさそうなそこらのおばちゃまが実は人殺しで、人肉パイなんかつくってるくせにたまに可愛いところが…みたいなほうが怖さが増すと思う。

 ただ、この芝居ってやはりちょっとミソジニー的ではあるよな。オーソドックスな悲劇の登場人物として作られているトッドに比べて、ラヴェット夫人は一人だけ都市喜劇からやってきた悪役みたいでなんか薄い気がするし、最後トッドにかまどになげこまれてしまうところとかひどい終わり方だよねぇ…それ以外の女性はみんな清純なかわい子ちゃんだし。ジョアンナは最後、人のいい恋人のかわりに悪徳医院長と勇敢に戦ったりちょっと強いけど、やっぱり古典的な救出されるお姫様のヴァリエーションという気がする。

 あと、この芝居って19世紀の癲狂院(今でいうと精神病院だろうその言葉から想像するものとはかなり違う)がかなり重要だったんだなっていうことを今さら思い出した。最近『チェンジリング』を二回も見て(これこれ)さらに『執事が見たこと』も見たので精神病院をどう芝居で見せるかっていうのはけっこう難しい問題だと思ったのだが、『スウィーニー・トッド』はわりときちんと見せている、というか明らかに「ポストフーコー」な精神病院表象だなと思った。ただこのへんはもうちょっとそのうちきちんと検証してみたい。

 まあ私はこの舞台は面白かった…のだが、血みどろホラーなので万人向けではないと思う。しかしながら、20世紀前半の批評家とかはシェイクスピアの『タイタス・アンドロニカス』は人肉食に強姦に大量殺人に血みどろすぎて趣味が悪い、ルネサンスのロンドンの観客は荒っぽくて趣味が悪かったのだ、とか言っていたのを思うと、今から50年くらい後の批評家はひょっとしたら「2000年代の観客は『スウィーニー・トッド』みたいな血みどろ芝居を見てたので趣味が悪かったのだ」とか言うようになるのかもしれないと思った。こういう芝居はいつ流行が変わるかわからんから、見れるうちにみといたほうがいいよ!