もうフェミニストじゃないなんて言わせない!キャトリン・モラン、How to be a Woman(女になる方法)

 キャトリン・モラン(Caitlin Moran)の自伝的エッセイ、How to Be a Woman「女になる方法」(Ebury Press、2011)を読んだ。とにかくユーモアがあって笑えるので本当にオススメ。

 キャトリン・モランはウォルヴァーハンプトンカウンシルハウスで育ったアイリッシュで、16歳の時にメロディ・メイカーに就職し、そのあとはずっとライターとして働いている。この本は子供の頃から大人になった今までの経験をフェミニストとしての視点からおもしろおかしく諷刺的視点を交えて分析する、っていうもの。

 とりあえずモランの一大論点は「もうフェミニストじゃないなんて言わせない」っていうことである。現代イギリス女性はフェミニストっていうのはなんかダサくてマジメで面白くないものだ、と思っている人も多く、「自分はフェミニストではないけど…」みたいなことを言う女性もいる。しかしながらモランいわく、現代イギリス女性は事実上、ほぼ全員フェミニストである。というのも、女性が選挙で投票したり、彼氏に暴力をふるわれたりしないのが当然だという考えは全部女性の権利を守るっていうフェミニズムの基本的な論点なのに、こういうことを当たり前だと思っていてそれでも自分がフェミニストじゃないとはちゃんちゃらおかしいし矛盾してるからである。モランいわく、現代イギリス女性が自分はフェミニストじゃない、とか言うというのは「家父長制さん、アタシのケツをけっ飛ばして選挙権も取り上げて下さい」(p. 72)と頼んでいるのに等しい。現代イギリス女性のふだんの生活はフェミニズムがなければ成り立つわけもないのである。

 しかしながらモランは学問的なフェミニズムがあまりにもマジメで(これはつまり雇用問題とか暴力とかそういうシリアスな社会問題に関心があるってことだと思うのだが)、現代女性が日常的に出会って困っていること、例えばブラジリアンワックス脱毛とかOK!マガジンみたいな一見とるにたらないことについてフランクに話す雰囲気がもっと必要だと考えており、この本はそういうイギリス女子が成長する上で出会うオシャレとか友達づきあいに関する習慣について風刺的に面白可笑しくかつフェミニストらしく批判することにかなり重点を置いている(ただし、自分の中絶とかの話もある)。こういうのを読むと「ガールパワーって何だったんだろうな…」とか、あとジェンダーの芸術批評とかやってるくらいなら実際の暴力の話をしろ、っていう人もたまにいるけどやっぱり全然そんなことなくてむしろもっと脱毛とかの話を批評しなくちゃならないんじゃないかいやしなれけばならないに決まってる、とか、いろいろ思う。そして英国の女の子はもうティーンになったらブラジリアンワックス脱毛で陰毛を全部抜くんだそうな…そしてモランがティーンの女の子にするアドバイスは、宣伝やら同調圧力やらにのせられて脱毛にものすごい金を使うくらいならそのお金で「あんたのおけけまんまん(furry minge)をダブリンに連れてってあげなさいよ!」(p. 51)ということらしい。正論である。

 あと、この著者は音楽がもともと専門でかつハグファグらしいのだが、バーレスクはすごくいいと思うんだけどストリップクラブはなんかやだと思う理由、という、たぶんイギリスに住んでて音楽や舞台に親しんでたらすぐに出てくる疑問についてかなり明確に答えていて、そこは自称バーレスク研究者としてはすごくいいと思った。この間こんな議論があったのだが、音楽も舞台も見ない人というのはこういう少しでもそういうものに親しんでる人だとすぐわかる「なんか違うなぁ…」というのが全然わからないんだなぁと結構絶望的な気分になった(まあしかし、違うのがわからなくてもいいんだけどなんでよく知らないものを論じられると思うんだろう、っていうのはまた別の話)。ちなみにモランは女性のヌードやセックスを表現したものについて、できるだけ性差別的・商業的でなくユーモアのセンスさえあれば楽しめそうな娯楽を選ぶ基準として、「ゲイの男どもが夢中になってるか」っていうのをあげてて(p. 176)、これはまあそれはゲイピープルをステレオタイプ化してないか…っていう批判はあると思うんだけど、ロンドンサバイバル指針としてはかなりあたってるっていうというのがまたなかなか複雑な気分になる(たしかにロンドンで女性が「ふざけんなチケット代返せ!」みたいな娯楽にあたって不愉快になるリスクを避けるためにはこの指針ってわりと有効だと思う)。

 この本は全編、こういうおもしろおかしくいい意味であまり上品ではないタッチで書かれていて、やっぱりこういうのが大事だよなぁ…と思った。百の理論は一度の笑いに太刀打ちできないもので、いくら論理的にフェミニズムを説いたって気の利いた笑える諷刺のほうがより広く一般に届くにきまっている(この本は非常に売れて賞も取った)。とくに諷刺の伝統があるブリテン諸島ではこういうアプローチは非常に有効なんだろうと思う(モランもアイリッシュだが、面白可笑しい政治諷刺といえばアイルランドにはものすごく長い伝統がある)。ただ、日本でこういう本が売れるのかはちょっとわからないなぁ…フェミニズム話だけじゃなく、英国女子のいろいろな生活習慣やジャーナリズム界のお笑い話みたいなのもいっぱい出てくるので、私はすごくオススメするけど。

 ただ、モランの指摘で日本にもそのまんま適用できると思ったのがひとつある。職場とかでどうやってハラスメントを避けるか、っていう話で、モランはpolitically correct(「政治的に正しい」)とかいうよくわからない言い方はやめていつも丁寧(polite)でいるよう気をつけよう、みたいなことを言ってて(p. 84)、これは実に英国らしいと思う。「政治的に正しい」ってアメリカみたいな初対面でもフランクな会話をする習慣が尊ばれるところでは有効なのかもしれないと思うのだが、スタバで自分の名前を教えるのすら嫌がる英国人にはマナーの上で「これを言ったら丁寧か無礼か?」とか「親しき仲にも礼儀あり」みたいな基準で考えたほうが断然わかりやすいのだろうと思う。で、たぶんこれは日本でもそうなんじゃないかな…

注:名前の発音が間違っていたことがわかったので、後で訂正しました。