二次創作としての英国女王、エリザベスがヒロインなら悪役はサッチャー〜ヘレン・ミレンが『クィーン』に続いてエリザベス二世を演じるThe Audience

 ギールグッド座でピーター・モーガンの戯曲を『リトル・ダンサー』監督のスティーヴン・ダルドリーが演出したThe Audienceを見た。主演は『クィーン』でエリザベス二世を演じたヘレン・ミレンで、今回も同じエリザベス二世の役。『クイーン』もピーター・モーガンの脚本だったので、同じチームである。

 話はエリザベスと歴代の首相の間で週一回行われる極秘の謁見(the audience)に焦点をあてることで現代史のひとこまと英国女王の責務を表現する、みたいなものなのだが、ヘレン・ミレンの演技(政治の初心者としてチャーチルにあう若い時代からヴェテランとしてキャメロンに会う現在までを時系列ばらばらで変身しながら演じる)は実にすごくて本当に女王がいるみたいである。ミレンはエリザベス二世を孤独でありながら機知に富んでいて英国女王としての責任を常に考えている女性として描いており、ものすごく英国人が女王に抱いているイメージを忠実に再現している…と思うのだが、その反面それが想像の産物というかウェストエンドの観客がこうあってほしいと考える女王のある種の理想像にすぎないことも非英国人としては強く感じてしまうわけで(このお芝居は英国人の間では非常に高評価である)、そのへん見ていてかなり薄気味悪くなるところもあり同時に興味深くもあった。まあこれは英国女王に関する二次創作、ファンフィクションであって、製作陣は自分の想像の中で女王を好きなように動かせるわけである。それがたまたま英国女王ファンダムとしての英国人の観客の感性にフィットしたっていうことなんだろうなぁと思う。

 なお、この話ではハロルド・ウィルソンが儲け役というか女王と最も親しい首相という役どころで、ウィルソン役のリチャード・マカビーが大変良いのもあり、最後にウィルソンが自分はアルツハイマーなので首相を辞めるつもりだと言ってそれに女王が動揺しつつ友情を示すところとかはこの芝居でも一番の演技合戦の見所だったと思う。一方でサッチャーは悪役…というかいけすかねえデリカシーのない政治家扱いでほとんど戯画化されていると思うのだが、これは監督がスティーヴン・ダルドリーなので当然だと思う。二次創作で英国女王がヒロインならサッチャーは当然、villainだろう。

 あと、大変面白かったのは戯曲テキスト(劇場で購入した)とつきあわせながら見ていたんだけど、デイヴィッド・キャメロンキプロス問題について話す台詞が増えていたり、たぶん台詞を時事ネタにあわせてマイナーチェンジしている。これはウェストエンドらしいなぁと思う。サッチャーの死にはどう対応したんだろうか?

 あと、参考までにうちが見た芝居・映画でサッチャーがらみのものを下にリストアップしておこうと思う。英国演劇界におけるサッチャーの評判はまあ非常に悪い。
2009年、ローズ座の『オセロー』サッチャー政権下のヤッピー社会に舞台を置き換えてある。
2011年、デイヴィッド・テナント主演の『から騒ぎ』フォークランド紛争終了後に軍人たちが帰ってくるところから始める。そこまでサッチャーを意識した演出はなかったと思うけど。
『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』…伝記映画。これはあえて女王を出さないようにしてる。DVDも出てる。
2012年、ゲイ版『ドン・ジョバンニ』…ゲイクラブで上演されたオペラ。オチが猛烈に反サッチャー。地獄のかわりにサッチャーが出てくる。
2012年、RSC『リチャード三世』チャールズ・スペンサーも言ってるのだが、なぜかリチャードの母がサッチャーっぽく作られているのがよくわからんかった。
2012年、『ストリップ・サーチ』エディンバラフリンジで見たゲイバーレスク。猛烈に反サッチャー
『ビリー・エリオット』…舞台ミュージカル版『リトル・ダンサー』。


 あと、サッチャー関連映画だと上で触れた二本以外は下の三本がオススメ。