フロントウーマンになるために必要なもの〜『バックコーラスの歌姫たち』

 文化村で『バックコーラスの歌姫たち』を見た。これはソロやバンドのリードヴォーカルではなくバックコーラスとしていろいろなミュージシャンのサポート活動をしている歌手(ほとんどが女性)を扱ったドキュメンタリーで、たくさんの歌手を取材しているが主にとりあげられているのはダーレン・ラヴ(クリスタルズの影武者)、メリー・クレイトン(ストーンズの「ギミ・シェルター」の女性リード)、リサ・フィッシャー(ソロでもグラミーをとってる)、タタ・ヴェガ、クラウディア・リニア(ストーンズの「ブラウン・シュガー」及びボウイの'Lady Grinning Soul'のモデルと言われる)、ジュディス・ヒル(マイケル・ジャクソンのツアーメンバー)の6人。ダーレン・ラヴ、メリー・クレイトン、クラウディア・リニアあたりはけっこうなじみがあるシンガーだし、ジュディス・ヒルは顔を見て歌をきいたたら「ああ、マイケル・ジャクソンの…」と思い出したのだが、あとの二人は全然知らなかった。

 この映画でとりあげられているバックアップシンガーたちは、セッションヴォーカリストとしてはかなり名が知れているので音楽通ならきいたことがあるかもしれないがスターとは言えない、という微妙な地位にある人がほとんどである。リサ・フィッシャーだけソロでヒットを出しているのだが一発屋で終わったそうだし、ダーレン・ラヴはクリスタルズで皆が知ってる名曲'He's a Rebel'を出しているがなんとクレジットなしで吹き替え扱いだったため自身はスターになれなかった(あとでこのことがバレて有名になったが)。

 全員、実力についてはそこらのアイドル歌手なんか及びもつかないくらい歌唱力もリズム感も優れているのだが、スターになれなかったのには多種多様な理由がある。バックアップシンガーがスターになれない理由として、スターになるには押しの強さ、エネルギー、独創性、リスクを冒す覚悟(大スターで人格がまともな人に気に入られれば気の合うボスの下で居心地よく長く働けて定期的に収入もあるが、ソロになるとそういう逃げ道がなくなる)などが必要だが、バックアップシンガーはそれと正反対で、スターの説明をよく理解して協力しながらハーモニーを作るのが仕事なのでなかなか気持ちを切り替えて私が私が!というふるまいをするのが難しい、みたいな話が映画の中では出ていたのだが、これらはもちろん、それ以外にもいろいろ人によって細かい要因がありそうだという気はした。ダーレン・ラヴはけっこう押しが強そうでカッコいいのでスターになれなかったのが不思議だが、おそらくフィル・スペクターがひどい上司で、その下で若い頃にエネルギーをすいとられてしまったせいでスターになれなかったのだろうという気がした。クリスタルズの影武者としてクレディットなしで歌わせられてた話は本当にひどいと思う。メリー・クレイトンもけっこう押しが強そうだったのだが、本人が言っていたとおり、ソロになった時のマーケティング戦略にたぶん問題があった(売る側がアレサ・フランクリンとかとかなり違うクレイトンの個性をあまりよく理解してなかった)のだろうと思う。今も昔もアフリカンだとか女性だということで売り方が限定されて…ということはあると思うし、これはファンの側の問題でもあると思う。クラウディア・リニアも、ティナ・ターナーとかパティ・ラベルみたいな強烈な押しがなかったせいで売りにくかったのかなという気はした。タタ・ヴェガ、リサ・フィッシャー、ジュディス・ヒルについては、三人ともけっこう常識人でスターっぽい強烈さがないという他に、バイレイシャルな(いろんな民族を祖先としている感じの)見かけの女性に対する容姿差別があるような気がしたんだけど…しかし、この中で一番見かけがバイレイシャル(日系のアフリカン・アメリカン)なヒルはまだソロでヒットを出す可能性があるので注目したい。あんまり好きなタイプの声質ではないんだけど。

 この映画には著名なスターもゲストとして出演している。元セッションヴォーカリストで今はスターのシェリル・クロウなんかも出ているのだが、シェリル・クロウはこの映画でとりあげられているバックアップシンガーに比べれば歌唱力は全然低いと思うんだけど、自分で曲を書けるのと(曲を書けない歌手のほうが立場が弱いらしい)かなり個性が強いのが勝因だったのかなぁと思った。あと、もともと結構常識人っぽい感じのスティングやブルース・スプリングスティーンはもちろん、年食っても悪ガキみたいなローリング・ストーンズミック・ジャガーや中性的なプレイボーイであるデヴィッド・ボウイもボスとしてはとても優しく職場環境良好だそうで、長続きするスターっていうのは私生活はめちゃくちゃだったりしてもけっこう職場の上司としては優秀なんだろうか…と思った。面白いことに、プロデューサーその他がああしろこうしろと細かく注文してきた50-60年代初め頃よりも、70年代くらいまでのロックの時代のほうがセッションミュージシャンも「自由に自分の個性を出してやってください」と言われて働きやすい環境だったし、またティナ・ターナーみたいなパワフルな女性スターが出てきたことも女性のバックアップシンガーの仕事にとっては良い影響を与えたらしい。しかし、今では自分たちだけで安く制作を終わらせてしまうのが流行りでたくさんのバックアップシンガーを雇うのが流行らなくなってしまい、プロフェッショナルで重厚な音が減ってる、とこの映画では言っていた。それってひょっとしてパンクのDIYの影響もあるのかな?