18世紀の英国貴族の家庭で育った黒人女性ベルの半生を描く、気品溢れる歴史映画『ベル』

 18世紀に英国貴族の庶子として育てられた黒人女性ダイド・エリザベス・ベルの半生を描いた伝記映画『ベル』(Belle)を見た。

 ダイド・エリザベス・ベルはマンスフィールド伯爵の甥だったキャプテン・ジョン・リンジーと、おそらく奴隷であったと思われる黒人女性(ODNBによるとこの人のことはほとんど何もわかっていないらしい)の間に生まれた庶出の娘である。リンジーは娘を引き取っておじである法律家のマンスフィールド伯爵に預け、伯爵はもう1人の甥の娘で嫡出子であるエリザベス・マリィと一緒にケンウッド・ハウス(ハムステッドにある屋敷で一般公開されてる)でベルを養育した。庶子で黒人女性であったベルは伯爵の屋敷でエリザベスと完全に同等の扱いを受けることはできなかったが(家族と一緒に夕食をとることができなかったらしい)、親戚の娘としてかなり大事にはされていたようで、ベルとエリザベスを一緒に描いたも残っている。

 この映画は、判事であるマンスフィールド伯爵が奴隷貿易船が奴隷を海に投げ捨てた事件の裁判を担当した際、ベルとその恋人であるダヴィニエの影響があったために奴隷の権利を保護するような判決を下したという話になっており、このあたりはかなり大胆な脚色があるようだ。ただ、マンスフィールド伯爵がこの庶出の大姪をかわいがって何かと気にかけていたことは確からしいし、映画をドラマティックにするという点では割合うまく機能している脚色なので、見ていてそんなに気にはならなかった。

 全体的にちょっとロマンティックすぎる気はするが、一方でやたらに相続や財産の話が出てくるあたりはジェーン・オースティンものの影響なんかも強く受けており、人種差別や女性の権利といった重いテーマをあまり堅苦しくなく現代の観客になじみやすい形で描こうという努力のせいでこんなにロマンティックになったのだろうと思う。ベル役を演じるググ・バサ=ロウが大変気品があって知的なので、ちょっとドラマティックすぎる展開(婚約者を振って財産のない男に…とか)も演技で納得させられてしまうところがある。またまた脇を固めるエミリー・ワトソントム・ウィルキンソンも大変好演していてぴったり息が合っているので、安心して見ていられるというところもある。18世紀の雰囲気を重厚に表現した美術や衣装も気合いが入っていて、時代ものとしてとても楽しめる。また、ベルとエリザベスが求婚者をめぐってケンカしたりしてもすぐ仲直りするという描写があるのだが、やたらに女性同士のライヴァル関係とかを強調せずに、若い女性同士の友情を自然に描き込んでいるあたりも良い。大変オススメの映画である。

 あと、中心的なテーマではないと思うのだが、この映画では公正な法を尊敬することの重要性が非常に強調されていると思う。判事であるマンスフィールド伯が「国王の次に英国で力を持っている男」と呼ばれ、公正とは何かについて悩む様子がかなり詳しく描写されており、トム・ウィルキンソンの演技とも相まって非常に心を打つものになっている。とくに後半部分は、18世紀の英国社会が奴隷貿易裁判の判決にどのように強い関心を示していたか、そして判決が社会にどういうインパクトを与えるものなのか、ということがよくわかるような作りになっていると思った。この映画における法の支配とは、経済的利益よりは人の命と福祉、そして自由を尊重することである。日本ではこんなに公正な法の裁きとかが尊敬されてないよなぁ…と思ってしまった。