これがエンダ・ウォルシュ?!舞台版『Once ダブリンの街角で』

 六本木EXシアターで『Once ダブリンの街角で』のミュージカル版を見てきた。言わずと知れた2007年の同名の人気映画の舞台化である。


https://www.youtube.com/watch?v=4duMaz-V3o4

 映画は地味だが非常に良い作品だった覚えがあるので少し心配していたのだが、完全に舞台版としてきちんと作り込まれており、かなり見応えのあるミュージカルだった。

 セットはダブリンのボロいパブで、場面替えは一切なし。登場人物の家やスタジオなど、全ての場面が椅子やテーブルを入れ替えるのみでこのパブセットで行われる。もとの映画はダブリンの街の雰囲気を上手く使った戸外撮影が特徴だったが、舞台版はこれを再現しようなどという無理なことをせず(!)完全に舞台らしい空間で勝負している。このパブは開演前と休憩時間には観客に実際に飲み物を売る機能まで果たすということで、のどを潤そうというお客さんの長蛇の列ができていた。キャストは全員、奏者を兼ねており、開演前にはパブで演奏をし、始まると時には登場人物として台詞をしゃべり、時には脇で楽器を演奏するというふうに動き回る。この、最小限のセットで音楽とアクションを切れ目なく流すというのが大変舞台芸術的で活力があり、非常に引き込まれる。

 話のほうはかなり原作の映画に忠実なのだが、舞台にあわせていろいろそぎ落としたり組み替えたりしているため非常に雰囲気が違う。一番の特徴は、もともとの映画の非常にしっとりした雰囲気を保ちつつ笑いを増やしたところで、これは舞台にするからにはたまにユーモアがないと…という製作陣の判断だろうと思う。やはり音楽があるところには笑いがないと物足りないと私は思うので(舞台にはどんな悲劇でも一箇所か二箇所は笑うところがあるべきだとそもそも私は思うのだが)、これは正しい選択だったと思う。狭いところで楽器を持って人々が動き回る様子が印象的なので、映画よりはいくぶんしっとりした感じがおさえられ、ダイナミックでもある。また、ミュージカルとはいえミュージシャンが主人公の舞台であるので、ほとんどの歌はミュージシャンが演奏するという設定にしつつもその時の心情表現やストーリーの展開に関わるものになっており、音楽モノとして無駄のないつくりになっていると思った。

 しかしながら一番驚いたのはこれの脚本を作ったのがエンダ・ウォルシュだということである。この人は有名なアイルランドの劇作家で、『ペネロピ』は面白かったんだけど『ミスターマン』は全く面白くないと私は思った…のだが、どっちにしろこの人の最近の得意分野はブラックな不条理コメディのはずで、私が見たものは二つともかなりブラックだった。しかしながらこの『Once』は、まあ笑いは言われてみればウォルシュのセンスのような気もするけど、大人の男女の恋愛の機微をストレートに描いたものでダークな味わいが全くないので、いろんなものが書ける作家なんだなと思った。過去作にこれ系の恋愛ものあったりするのかな?ちょっと調べてみたい。