過去・現在・未来、音楽と笑いはどこにある?銀河劇場『夜想曲集』

 銀河劇場で小川絵梨子演出『夜想曲集』を見てきた。原作は言わずと知れたカズオ・イシグロの短編集である。

 原作はなんとなくつながりのある5つの話が展開するというものなのだが、舞台版ではその中から3つの話(チェリストの話、ヴェネツィアの歌手の話、整形手術の話)を選んで、役者を各エピソードで使い回しつつ(同一人物は同じキャストで演じる)同時並行で3種類のエピソードが展開するというものである。あるエピソードの一場面の後で別のエピソードの1場面…というふうに、映画の『クラウド アトラス』なんかに近い編集で話が進んでいく。ただ、この同時並行している話の間には時間軸の前後があり、チェリストの話はヴェネツィアの話より前に起こったことだし、整形手術の話はヴェネツィアの後で起こった話だ。一応、最後に整形手術の話の後の時間軸にあたる場面があり、この場面で全部の話がエピローグ的に統合されるようになっている。これは原作を大変上手に扱っていると思った。まず、割愛された2つの話はおそらくこういうタイプの上演に織り込みにくいものなのでカットしたのが正解で、これで1時間50分のエレガントなまとまりがある作品になった。また、同時並行で3つ話を描くというのも見ていて飽きない面白い構成だ。

 また、セットや照明などはとても洗練されている。左右に階段があり、二階に手すりのついたテラスやソファがあるセットが用いられているのだが、ここに椅子やテーブルなどのちょっとした装置を運び込むことで、エピソードからエピソードへと瞬時に話が変化する。整形手術の話では登場人物2名はほとんど顔を包帯でぐるぐる巻きにしているのだが、この場面では椅子にかける白布とか幕などが導入されているところも、ちょっとした小道具類で隠れたものの暴露、新しいものの発見というモチーフを際立たせていて細やかだ。このテーマは、隠れている音楽を見いだすという芝居全体のテーマとも密接に関わっている。

 キャストについては、大部分顔を包帯で巻いている安田成美が、そうはいっても大変キレイである。最初に出てきた時、立ち居振る舞いがあまりにもナチュラルに瑞々しいので、こんな若々しくてキレイなアラフィフ女性いるんか…と思わず唸ってしまったが、家に帰って調べたら安田成美は本当に48歳でだいたい役柄と同じような年齢だった…ただ、原作だと安田が演じるリンディはもうちょっと派手で肝の据わった性格だったように思うので、これは安田の個性のせいで瑞々しくキュートな女性に変わっているのではという気がする。なお、東出昌大は私は全然感心しなかった。とりあえず舞台初出演で台詞回しが全くこなれていないという未経験さの問題は別としても、この人、ハンサムなのだが生身の肉体らしい存在感が薄いというか、舞台映えする存在感みたいなものがあまり無いと思う(『桐島、部活やめるってよ』なんかはそういう個性を活かした役だったと思うのだが)。

 あと、ネタバレになるのであまり書けないのだが、チェリストの話は小説を読んだ時から実にヘンな話だと思っていたんだけど、あれはもっとブラックユーモアとして演出したほうがいいんじゃないだろうか…主人公が東欧出身ということでステレオタイプ的な読みを私がしているだけかもしれないのだが、あの話だけちょっとカフカ的じゃない?この芝居ではおかしみは整形手術の話だけになっていたのだが、チェリストの話ももっとおかしくてもいいんじゃないだろうか。