密室のマッドマックスひとり芝居〜『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』

 スティーヴン・ナイト監督作『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』を見た。ジョー・ライトが製作を担当し、トム・ハーディ主演である。
 
 主人公はバーミンガムで工事現場監督をしているアイヴァン・ロック(トム・ハーディ)で、基本的にアイヴァン以外の人間は画面に映らず、アイヴァンが車でロンドンに移動する間にいろんなところに車内電話をかけたり、電話を受けたりするだけで話が進む(このため、ベクデル・テストはパスしない)。電話をかけてくる役者もアンドルー・スコットをはじめとしてオリヴィア・コールマンとかトム・ホランドとかけっこう達者な役者を揃えているが、こちらは声が聞こえるだけで顔は見えない。

 アイヴァンは明日、大規模なコンクリート工事を控えているのだが、なんと少し前に一度だけ関係を持った女性が自分の子どもを出産するという知らせが入り、急いで車で出産する病院があるロンドンに向かう。行く途中で工事についての指示を部下のドナル(アンドルー・スコット)に教えようとするのだが、法的許可から上司の対応までトラブルが続出。さらにアイヴァンは妻カトリーナに状況説明をまじえて自分の不倫を告白したため、家庭も崩壊の危機。一方、愛人のベサンは早産で帝王切開をしないといけないことに。さあどうする…

 これ、「マトモに暮らしていたのにたった一回のミスで人生が全ておじゃんに」といういささか不条理、シュールとも言えるシチュエーションを扱っており、たぶん舞台でやったら爆笑モノの笑劇になると思うのだが、映画は意外とシリアスな感じの演出で、その点は私の趣味からすると物足りなかった(それでも笑うところはあると思うが、私はもっとブラックユーモアがあったほうがいいんじゃないかと思った)。話自体はまあ男のトラブルを描いたよくあるストーリーであると思うし、オチも少々安易だとは思う。しかしながらたった1人でモノローグをやったり電話をかけたり受けたりしながら86分間客を画面に釘付けにするトム・ハーディのカリスマは素晴らしいもので、混乱しているダメ男から良き父親までくるくる移り変わる幅広い演技力を見ているだけで飽きない。『マッドマックス』ではほとんどしゃべらなかったハーディの台詞を操る力が堪能できるだけで十分面白いと思う。

 映画としてはかなり実験的な形式だと思うが、実はこの映画、たぶんテレビドラマの『マリオンとジェフ』をヒントにしてるんじゃないかと思う。これ、好みはあるのだがものすごく質の高いドラマで、主人公であるタクシー運転手のキース(ロブ・ブライドン)がひたすら車の中でしゃべるだけで他の人間が一切出てこないというものである。これはブラックコメディなのだが、発想はかなりこの映画に近いと思う。