バラバラの肉体を取り戻す〜マーティン・マクドナー『スポケーンの左手』(ネタバレあり)

 シアタートラムでマーティン・マクドナーの戯曲『スポケーンの左手』を見てきた。2010年に初演された作品を日本語にし、小川絵梨子演出で上演している。小川絵梨子は既に何度かマクドナーの作品を演出したことがあり、かなりこなれていると思う。

 舞台はあんまりマクドナーっぽくなくアメリカだが、内容はすごくマクドナーっぽい。何十年もの間、若い頃に切り取られた左手を探している男カーマイケル(中嶋しゅう)が、手を持っているというサギ師のカップル、マリリン(蒼井優)とトビー(岡本健一)に騙されかけてモメまくり、そこにカーマイケルが宿泊しているホテルのフロント係でオペレータでとにかくいろいろやっているマーヴィン(成河)が絡むというものだ。セットはしょぼいホテルの一室から動かず、人物もこの4人だけで展開する。

 設定がもう既に不条理なのだが、内容もブラックユーモアに溢れている。マーティン・マクドナーは演劇界のタランティーノとひそかに言われているような人で、どこに向かってるのかよくわからない会話が得意である。とんでもなく妙ちきりんだが悲しい人生の物語に執着するカーマイケル、それを全く真面目にうけとらずに変な受け答えをするマーヴィン、カップルなのになんか息があってないマリリンとトビーの掛け合いはいろいろ笑える。カーマイケルとトビーが激高して言い合い、カーマイケルがアフリカンのトビーに対して差別語を言うとなぜかトビーじゃなくマリリンのほうが差別主義的だと言って怒るとか、オフビートな会話がたくさんある一方、マリリンやマーヴィンがけっこうフィジカルなやり方で笑わせるところもあり、蒼井優演じるマリリンがベッドの上でとにかくいっぱい跳ねたり、マーヴィンが突然脱ぎ出したりするところは視覚的に笑わせる。最後はどういうわけだか誰も死なず、しょうもない人生が続いていく感じで終わるところはまさに不条理だ。

 カーマイケルの左手が切断されているというのはおそらく精神的な去勢の意味合いがあるのだろうと思う。途中でトビーが「あいつはイカれてるけど女性に乱暴するような意味じゃない」と言っているが、カーマイケルの目的は自分のバラバラになった肉体を取り戻すことであってそれ以外のことには一切興味がないようだ。失った肉体の一部を求めてさまようカーマイケルは精神的に自分の障害を克服しようとしているということになるのだろうが、自ら障害に苦しむ弱者であるカーマイケルが他のマイノリティには差別しまくり、悪口を言いまくりのしょうもない男で、銃や火をふりまわして象徴的な男性性を誇示しようとしているあたりは皮肉な感じがする。ただ、私は最初、カーマイケルがトビーをクローゼットに監禁してホモフォビア的な悪口を言うのを見てカーマイケルは隠れゲイなんだろうと予想していたら同性愛じゃなく人種関係のネタでオチがついたので、ちょっと伏線を見誤っていたなーと思った。