とても洗練されたバックステージもの〜『シェイクスピア様ご乱心』(ネタバレあり)

 劇団きのこの森による『シェイクスピア様ご乱心』を北池袋新生館シアターで見てきた。個人的な好みだが、ふつうにお芝居としてすごく面白かった上、シェイクスピアリアンとしては笑っちゃうようなネタが満載だし、役者の演技もよく、大満足だった。

 シェイクスピアの未発表戯曲とおぼしき作品が発見され、日本の演出家・喜多川が世界最速上演を目指す。しかしながら日本語で上演するためには翻訳をせねばならず、そんなに早く翻訳ができるわけもないので台本の完成は滞るし、しかもできてきた戯曲がとんでもなくつまらなかった。さらにアホのプロデューサーが変に干渉してくるし、新人である主演女優のエリカは台詞が覚えられないし、あらゆる業務処理がうまくいかずに大変なことに。さらにへんなシェイクスピアの幻影みたいなおっさんが出てきて、演出家や役者たちの心を混乱させる。果たして上演にこぎつけることはできるのか…

 とりあえず、お芝居に対する愛と自己批判と諷刺がいっぱい詰まっている作品であるところがすごく気に入った。芝居作りの過程でいかにも発生しそうなトラブルをギャグ満載でおもしろおかしく描いていて大変笑える。シェイクスピアの未発表戯曲を日本で世界最速上演するというちょっと強引な設定もわりと上手に処理されており、なんでそういうことになったかというのが喜多川の野心に関連づけられて最後に種明かしされるところもとても巧みだった。さらに、視点人物である演出家の喜多川が、まあ気の毒な人ではあるのだが私の目からすると性差別主義者のいけすかねえ「アーティストさん」で(よくいるんだこういう人!)、途中で女優のエリカとサキに演出のためと称して悪口を言わせあって「女っていつもこうヒステリックでしょ?」みたいなことを言っていたら、最後エリカに逆襲され演出家としての立場を奪われるというのが、男性中心主義的・自己中心主義的になりがちな演劇に対してかなり辛辣な諷刺をしているように思って、はっきり言ってちょっと胸がスっとした。ミスコン出身ですごく美人だが芝居が下手なエリカが、実は映画監督になりたいと思っていろいろな映画を見て勉強している知的な女性だとわかり、最後に喜多川を演出家の座から引きずり下ろして芝居を一手に引き受けることになるというのも、ステレオタイプな美人の描き方から完全に脱していてよかったと思う。

 シェイクスピア関係の小ネタもシェイクスピアリアンとしてはニヤっとしてしまうところが結構ある。Double Falsehoodの発見・最近の再上演関連(RSCのバージョンはかなり変えてやってたなぁ)のいきさつをふまえているのではと思うようなところがあったり、別人説やらなんやらへの言及もあり、かなりシェイクスピアのことを勉強しているのではと思った。どうもこの芝居の中で発見されたシェイクスピア作と疑われている戯曲は『夏の夜の夢』の焼き直しみたいな芝居で、途中で『ロミオとジュリエット』がいきなり入っているものすごく意味不明なものということだが、これはおそらくコモンプレイスブック(シェイクスピアの時代の人がよく使っていたメモ帳みたいなもので、この頃の人はスクラップブックのようなノリであらゆることをそれに書き込んでいた)に書かれた台本の一部ではないかと思う。コモンプレイスブックに芝居を部分的に写したりする人(噂によると聞き書きで全部メモった人もいたかもという話なのだた)はけっこういたらしいので、写した人がこの芝居と『ロミオとジュリエット』をごたまぜにしてメモったのではないかな?なので、途中でエリカが「ここはつながってないみたいに見えるけど劇中劇として意味があるんじゃないか」というのは、シェイクスピアリアン的には深読みすぎかもと思う。シェイクスピアの他に『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のケッサクなパロディがあり、『人喰猪、公民館襲撃す!』という誰も知らないような映画が重要な役割を果たし、さらにちょっと『ブロードウェイと銃弾』を参考にしているかな?という展開もあった。ちなみに台本の翻訳家は舞台には出てこないのだが、すごく人間ができた人だと思った点おそらく注釈付きのエディション刊行前で写本から起こして翻訳していると思われるので、それを一ヶ月でやれと言われ、さらに演出家に暴言まで吐かれたら、私なら台本に文句を書くだけじゃすまなくてたぶんあの演出家を殺すわ。

 と、いうことで、話全体も面白く、小ネタもよかったので、シェイクスピアリアンには是非オススメしたい。最近、小さいハコで見た芝居の中ではダントツによかった。