科学、倫理、情熱〜NTライブ『ハード・プロブレム』(ネタバレあり)

 NTライブで『ハード・プロブレム』を見てきた。トム・ストッパードの新作で、ニコラス・ハイトナーが演出している。ストッパードが『アルカディア』に続いて科学を題材としてとりあげた作品である。

 ヒロインのヒラリー(オリヴィア・ヴィノール)は意識はどこからくるのかを研究している心理学者である。ヒラリーは科学者としては信心深い人物で倫理にこだわるところがあり、また十代のときに生んだ娘を養子に出したことを気に病んでいる。ヒラリーは学生から博士になり、クロール研究所の研究員として研究をすすめ、ある日部下であるボウ(ヴェラ・チョック)の努力で素晴らしい研究成果を出すが…

 人間は利己的であるという仮説に納得しきれないものを感じ、利他主義を研究しているヒラリーが研究の上で倫理的なトラブルに直面し、実際に利他主義を実践してクロール研究所を去って行くという展開はよく考えられていると思うが、ちょっと最後アンチクライマックスというか、あまり盛り上がらないまま終わってしまうようになっているところがあるようにも思う。ただ、このアンチクライマックス的なヒラリーの行動じたいが、現在の科学では解明できていない人間の倫理や情愛の問題(途中でヒラリーが『ハムレット』でハムレットがホレーシオに言う、科学ではわからないことについての台詞を引用するあたりは気が利いてる)を提示しているとも言えるので、芝居じたいのコンセプトとしてははっきりしている。

 面白いと思ったのは、ストッパードの科学劇では学術的探究心、倫理、情熱の全てを持ち合わせているのは女性であるということである。『アルカディア』ではトマシナとハンナがそうした存在で、バーナードは能力はあっても人間的に非常にイヤな学者として描かれている。ヴァレンタインやセプティマスは探究心はあるし悪人でもないが、トマシナやハンナに比べると学者としては劇中で二次的な存在だ。『ハード・プロブレム』でもヒラリーが上記の3つを備えている存在として描かれる一方、利己主義大好きなスパイクはイヤな奴だし、アミールもイヤなところが多いし、レオはヴァレンタインに近い、良い人だがあまりアクションの推進にはかかわらない男性学者である。『ハード・プロブレム』では探究心と情熱は備えているが倫理の点で失敗する女性の学者としてボウが出てくるところがちょっと話に深みを与えているかもしれない。

 芝居じたいは面白く、役者の演技も達者なのだが、NTライヴの撮影方式にはちょっと不満もある。ステージの上に脳神経をイメージしたような電灯のオブジェが置かれており、場面の合間にこれが点灯されたりするのだが、カメラが始終寄り気味で、この電飾オブジェと舞台全体を映すカットがあまりないため、舞台美術全体のバランスがわかりづらい。もう少し引きの場面を増やしたほうがいいと思った。