悪くはないが、要所要所でイラっとする〜『ラ・ラ・ランド』(ネタバレあり)

 デイミアン・チャゼルラ・ラ・ランド』を見てきた。見終わって出てきたらアカデミー賞をとってたという感じのタイミングだった。ロサンゼルスでジャズクラブを開くことを夢見るピアニスト、セブ(ライアン・ゴズリング)と女優を夢見るミア(エマ・ストーン)の恋を描いたミュージカル映画である。

 
 いいところはたくさんある映画である。冒頭の高速道路を使った群舞は大変良いし、ハウスシェアしてる女性たちが浴室でする生き生きした会話と歌なんかは良かった。また、たまにびっくりするほど綺麗な音楽や映像があり、フーコーの振り子とダンスするところは良かったと思う。ただしあんまりハリウッドの昔のミュージカルの傑作には似ておらず、雰囲気だけちょっと頂きましたという感じで、ミュージカルシーンの再現の精巧さと現代風の味付けという点では『ヘイル・シーザー!』のほうがはるかに上である。ライアン・ゴズリングエマ・ストーン、ミュージシャン役のジョン・レジェンドなど役者陣も頑張っていると思う。

 しかしながら要所要所で詰めの甘いところが多く、私はあまり好きになれなかった。まず、ロマンティックな恋愛映画としては圧倒的に主役の2人のキャラクター、とくにセブの人物造形に魅力がない。ライアン・ゴズリングがイケメンで愛嬌に富んでいるから騙されてしまうだけで、セブの言動はいちいちけっこう酷い。ジャズクラブを開きたいのに働いて金を貯めるとかはしてないようだし(一度騙されたみたいだが)、最初にミアがセブの音楽を褒めようとした時の態度もひどいし、その後ミアに「ジャズについて教えてあげよう」とか「『理由なき反抗』を見てリサーチしよう」みたいな振る舞いをするところは典型的なマンスプレイニング(教えてあげる君。男性が女性に対して偉そうに教えること)だ。また、私はジャズは全く詳しくないのだが、なんか一音楽ファンとして「昔の音楽についてこういう語り方をするヤツはヤバいんじゃないか」「こいつの音楽観はなんか怪しいんじゃないか」という雰囲気をひしひしと感じてしまった。バンドに入った時に突然夢を諦めようとしてミアにそれを言われると怒ったりするところもずいぶん唐突で気分屋な印象を与える。ミアのほうも、電話もしないでデートをキャンセルするとかずいぶんぼうっとしてる。あと古い映画をいっぱい子どもの時に見たという設定なのに『理由なき反抗』を見てなくて男に教えられるっていう展開はどうなのかと思う(一応、冒頭のハウスメイトたちの場面でベクデル・テストはクリアするけど)。

 キャラクターの造形にも関わってくるのだが、脚本はかなり薄っぺらい。まず、冒頭でセブの家にいきなり女がいて、いちおう会話で姉だろうとはわかるのだが、なんでいきなり家に入ってくるのかとかほぼ説明がない。さらに映画館で映画が見られなくなった後にグリフィス天文台に行くのは意味がわからない、というか夜の10時に天文台が開いてるわけないし、個人的な見解で恐縮だが夜中にあんなところでうろうろされたらたまったもんじゃないと研究者目線でヒヤヒヤしてしまった。さらにミアが最後に受けるオーディション、事前に脚本を作らない映画だと言っていて、マイク・リーみたいな監督の映画なのかな…と思うのだが、そういう映画でほとんど経験のないミアみたいな役者を雇うかな…

 一番イラっとしたのは、セブのバンド仲間であるキース(ジョン・レジェンド)の扱いである。この映画はあとやたらアフリカンの役者が画面に映るのだが、メインキャラのうち非白人であるのはキースだけである。白人でしかもなんか若干怪しいジャズ観の持ち主であるセブは、今は息も絶え絶えなジャズの伝統を受け継ぐんだと息巻いる。一方、キースはとても歌がうまくておそらくかなりオーセンティックな黒人音楽の伝統の中で訓練されたミュージシャンだと思われるのだが、なんか新しもの好きの妙な音楽家みたいに非常に薄っぺらく描かれていると思った。新しいことを取り入れて一般にアピールしようというキースのやり方は音楽家として当然あり得るものだと思うし、人気のためだけではなくて芸術的にも意欲のあることだ。しかしながらキースは歌は上手だし作曲の才もあるのだが、ステージでは変なダンスを取り入れてダサい歌詞をつけて歌っており、新しいものをいろいろ取り込んでいるせいでもともとの才能を台無しにしてる人みたいな描き方をされていると思った(たぶん、黒人音楽の伝統の中で生きようとする白人ジャズミュージシャンを丁寧に描いた『ブルーに生まれついて』を去年の末に見ていなかったらこんなにセブとキースの描き方に気にならなかったのかもしれないが)。全体的にジャズについてもミュージカルについても音楽の使い方はかなり疑問で、個人的にはパーティの場面でa-haの「テイク・オン・ミー」がまるでバカにされた使われ方をしていたところにまたちょっとイラっとした。その後にソフト・セルの「テインテッド・ラヴ」が流れるあたりの選曲の趣味もなんかバカにしてる感じで…(私は「テイク・オン・ミー」や「テインテッド・ラヴ」みたいなのをバカにする風潮には強く抗議したいほうである)。

 あと、これは極めて個人的な趣味なのだが、撮影が好きじゃなかった(たぶん編集のせいもあると思うが)。カメラを速く動かすところが多いのだが、とくにセブのピアノとミアのダンスを交互に見せる場面はめまぐるしすぎる。さらに、周りにピントをあわせず見せたいとこだけくっきりさせてカメラを動かすみたいなところもけっこうあり、これがけっこうわざとらしくて鼻についた。