慈父と荒ぶる母〜カクシンハン『冬物語』

 中野のウエストエンドスタジオでカクシンハン冬物語』を見てきた。

 セットは三方を客席に囲まれた空間に四角い舞台を設置し、ラップで透明な壁を作っている。このラップは序盤で破られるのだが、今回のプロダクションはラップがかなり大活躍で、デルフォイのご神託などもサランラップで登場するし、嫉妬に狂ったレオンティーズがラップでぐるぐる巻きになった姿で出てくるところもある。舞台が狭いので、舞台の下の空間や、劇場じたいの入り口にある階段などもけっこうパフォーマンススペースとして使われている。客席がない階段側の壁には映像が映され、ユージ・レルレ・カワグチのドラム演奏ブースもある。カクシンハンといえばパイプ椅子が定番だが、今回もラップでぐるぐる巻きになったパイプ椅子が舞台上にあり、椅子として機能する他、積み重ねて裁判の演壇として使われている。相変わらずひとりの役者がいろんな役をやるようになっており、ハーマイオニと羊飼いの息子とパーディタを演じる真以美みたいにかなり忙しくいろんな役をとっかえひっかえやっている人もいる。

 このプロダクションの特徴は、おそらくポーライナ(のぐち和美)だけ全く物語がある平面に属していないように見えるところである。台本を手にしてずっと読んでいるし、舞台に絶対上がらない。立ち居振る舞いも他の登場人物と違っていて、とても厳しく、周りの人たちに冷水を浴びせるみたいな話し方だ。ポーライナはハーマイオニを家に隠しているわけだが、まるで自分で筋書きを書いていて、結末を知ってるみたいに見える。のぐち和美が「時」も演じているので、余計ポーライナが舞台を操っているみたいな印象が強まる。一方でこの芝居の中で一番、あたたかみのある立ち居振る舞いでポーライナと対極にあるのがカミロー(岩崎MARK雄大)なのだが、ポーライナがしばらく出てこないボヘミアの場面ではカミローが話の筋書きを書く係をつとめている。この作品の中で、後に起こることをかなり遠くまで見越して人に働きかけているのはこの2人だけで、まるでカミローがこの芝居の慈父、ポーライナが荒ぶる母みたいな役どころになっている。この芝居が荒ぶる父レオンティーズと慈母ハーマイオニの話であることを考えると、対比があると言えると思う。登場人物が演出家・劇作家のような役割をつとめているというのは面白いと思うが、ただポーライナが強烈なので、もっとこの枠を強調したほうがよかったかもとも思う。たとえば、最初と最後に映像などでポーライナがかなりわざとらしく本を開いたり閉じたりするようなところを見せるとか、台本の装丁を非常に豪華にしてポーライナの力を印象付けるとか、それくらいやってもよかったかもしれない。

 あと、今まで見た『冬物語』の中ではアンティゴナス(野村龍一)が大変いい人そうだった。この人は悪気はないのにちょっと抜けているバカキャラみたいになることもよくあると思うのだが、このプロダクションではけっこういろいろ考えているように見える。好人物のアンティゴナスと、可愛らしい子役が演じているマミリアス(伊是名モアナ)が悲惨に死んでしまうので、前半はけっこう暗いトーンである。

 後半のボヘミアは、舞台に緑の芝シートを敷き、ミニチュアの羊なんかを置いて毛刈り祭りが展開される祝祭的な雰囲気の演出である。観客が全員サイリウムを渡されて盆踊りが行われるという参加型演出もあり、私も祭りのお客さんとしてバカ踊り(?)に参加した。ビートルズの曲などが使われているのだが、以前見たプロペラの『冬物語』でもこの場面ではビートルズっぽいバンドが出てくる演出が行われていたので、どうもやっぱり祝祭に初期ビートルズの明るい曲などがふさわしいらしい。ちなみにオートリカスの役はカットされているのだが、最後まで見て家に帰って思い出すまでオートリカスがカットされてることに気付かないくらい自然にテクストが編集されてて、ちょっとびっくりした。